危機

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危機

「うちのクランクシャフトが、特許権侵害だそうだ」  手紙を石見に手渡した。  顔面がみるみる蒼白になり、目を見開いていく。 「すぐに対策を練りましょう」  顧問弁護士の六角に電話をかけると、すぐに駆けつけてきた。 「反論の余地はあるのでしょうか」 「裁判になった以上、応じる以外にありません。  その前に、この明細書と図面について説明していただけませんか」  すぐに開発部に内線をかけた。  開発部長の井森は、熊久保と共に頑張ってきた古株である。  作業帽を被り、作業服には機械油のシミがあちこちについていた。  一流大学を出ているものの、就職活動に失敗して中小企業のうちに拾われた男だ。  理想を追う研究者肌で、信念を強く持っている。  熊久保は心意気を買っているが、日本のものづくりの現場では曲者と見られてもおかしくない。 「こりゃあ、まったく同じ技術だし特許請求の範囲にハマってますね。  まずいな ───」  図面をテーブルに広げ、端から丁寧に説明し始めた。  すると、半分も行かないところで六角が深く息をついた。 「ああ、すみません。  やはり私はついて行けません。  まあ、訴訟は始まっていますし技術的なことはその都度お聞きして進めます」 「賠償額は15億円で、差し止めも求めているのか」 「そんな金、うちには払えませんよ」  石見が震える声を絞りだす。  訴訟になった以上長びけば、さらなる負担を覚悟しなくてはならない。 「まずいことになったな」  一同テーブルの図面を見つめて、ため息をついた。  提訴したのは「㈱フェ二ック」だった。  同じくらいの規模の町工場である。  直接取引したことはあまりないし、お互いにライバル視している訳でもない。 「少々違和感を感じますね。  確かフェニックの顧問弁護士は栃谷でしたか。  キナ臭いですね」 「どんな弁護士ですか」 「いわゆる札付きです。  ちょっと探りを入れてみます」  ベテラン弁護士の目に鈍い光が差していた。
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