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ものづくり
何度か特許について指摘があったのは確かだった。
だが新製品開発に携わっていれば、お互いにギリギリのところでやっているのだ。
図面を見ていた熊久保は、腑に落ちない気持ちがあった。
「図面の書き方には、作り手の癖が出るものだ」
ポツリと言うと、井森が図面の隅に目を落とした。
「うちの図面と、似過ぎていますか」
特許侵害を訴えているのだから、似ているのは当たり前だが ───
頭を振って熊久保が言った。
「似ているだけでは、何も言えないが違和感を感じる」
作り手のこだわりが、細かいところに現れている。
長年ものづくりに関わっていれば、部品一つにも感じるものがある。
「とりあえずクランクシャフトの開発はストップしておきます」
社長室を出た井森は、開発部に戻る。
事務室が別棟になっていて、社長室はその奥にある。
工場から工作機械の音が響き、フォークリフトとトラックが通りに面した搬入口に止まっていた。
町工場はどこも厳しい経営である。
20億円ほどの負債は珍しくない。
新しい技術を研究し、自社で部品を作り市場へ送り出す。
当たり前のようだが、小さな工場でできる技術で業界に新風を吹かせたい。
井森は一つ一つの技術に並々ならぬこだわりをもっていた。
「部長、シリンダーの試作品を見てください」
若い大平が呼び止めた。
机の上に、シリンダーと図面が広げられていた。
ポリウレタン手袋をつけ、むんずと掴んで持ち上げた。
エンジンの主要部分を成し、上下のピストン運動をする部分である。
肉眼では判別が困難なほどの精度が要求され、スムーズに動き耐久性もなくてはならない。
「大平、おまえ、このシリンダーに何を込めたい」
低く絞り出すような声だった。
大平の顔に緊張の色が強くなる。
「込める、とは ───
研磨は完璧です。
安定性と耐久性は向上しています」
眉根を寄せ、天井を見上げた井森は小さく息を吐いた。
「お前の肚に、何があるかと聞いているんだ」
「はあ」
「若いからって、できませんじゃ済まねえんだよ。
こいつには個性がねえ。
大平、お前にしかできない部品を作れ」
吐き捨てるように言って、睨みつけた。
「すいません。
作り直します」
「当たり前だ。
もっと頭を絞れ」
最後は声を荒げていた。
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