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企業秘密
「栃谷さん、訴状が届きました。
まさか、内通がバレたりしませんよね」
事務所に戻った六角は、顔が蒼白になっていた。
「何かあったのか」
ふん、と鼻を鳴らし抑揚のない調子で言う。
「図面に違和感があるって言うんです。
私は工学の知識がないので良く分からないのですが、熟練工が感じる何かがあるのでしょうか」
「お前、ビビってるみたいだな。
いいか、特許侵害は動かぬ事実だし証拠もある。
それに、裁判は勝たなくてもいいんだ。
長びかせれば町工場の体力が尽きて和解交渉になる」
裁判には時間と金がかかる。
そして特許裁判は泥沼化することもある。
長期化すれば金が続かなくなるのである。
「それはそうですが ───」
「お前は言われた通りにしていればいい。
謝礼は弾む」
何か言おうとしたが、電話が切れた。
スマホを充電器に置きデスクに腰かけた。
六角は気が小さい。
弁護士には相手を論破する論理力だけでなく、度胸も不可欠である。
ここ一番というときの胆力がなくて負けた裁判も多かった。
「俺の人生は、負け戦続きだったな」
ふらりと窓辺に寄って、ブラインドの隙間から街を眺めた。
行き交うトラックは、日本のものづくりを支えている。
工作機械と向き合い、新製品を開発する技術者には誇れる成果がある。
でも自分には ───
企業秘密を流したり、個人情報を売る弁護士は多い。
法律を知り尽くしているのだから、犯罪すれすれを通す仕事も当然ある。
道徳観念とか、プライドとか甘っちょろい考えは捨てなくてはやっていけない業界だ。
「俺は、つくづく弁護士に向いてなかったな」
自嘲気味に口角を歪め、吐いて捨てるように言うのだった。
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