7人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
彼はいきなり声を張り上げて言うと、ハッとしたように私を見て、それから「ごめん」と小声で謝った。その時だけ、ピンと背筋が伸びた姿を見て、彼の気持ちがよく伝わった。私は口元を引きつらせると、目が潤みだす。出てくる感情を溢さないように、必死に必死に我慢する。
「その人、どんな人なの?」
私は鼻を啜りながら聞くと、彼がバツが悪そうに私を見て、それから「真っすぐな人だよ」と言った。
「真っすぐで、俺に持ってないものを持っている人。いつも静かで大人しいんだけど、無邪気に笑った姿が可愛くて。愛おしいんだ」
彼の口から零れた「愛おしい」という言葉が、ズキッと胸に刺さる。その相手は今目の前にいないのに、まるでいるように朗らかな表情を浮かべている。愛おしそうに何かを見つめる瞳は、もう私に向けられていないということを痛感した。
私はまだ彼のことが好きなのに、彼はもう私を好きじゃない。
この幸せはまだ続くと思っていた。欲を言えば永遠に。結婚して、子どもを産んで、喧嘩し合いながらも仲直りして、おじいちゃんおばあちゃんになって、死ぬまでこの人とならずっといれると思ってた。少なくとも、私は。それぐらいの覚悟で彼と付き合っていた。
やっぱり私は盲目になっていただけで、私たちの関係はよじれてしまっていたのかもしれない。
恋は盲目だ。
ポロっと感情が零れ落ちる。それからボロボロっと一気に溢れる。声は出ない。静かな涙。彼は私を見ると、悲痛そうな表情を浮かべて、手をそっと近くへと出す。でもその手を引っ込めた。
もう彼は、私が泣いても背中は擦ってくれない。抱きしめてくれない。
痛い。心臓が押しつぶされそうだ。ぐちゃぐちゃになって、痛い。
「分かった。別れよっか」
最初のコメントを投稿しよう!