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私は涙を拭って、無理だと分かっていても何とも思っていないことを装いながら笑顔を見せる。彼は驚いたように私を見て、それから俯く。
「ごめん。本当に、ごめんなさい」
彼は私に頭を下げると、私は殴りたい衝動を押さえながら立ち上がる。彼は顔を上げると、同じく立ち上がった。
背中は丸まっているくせに、私よりも高い身長。弱々しく見えて、本当は強い体。怖い物や高いものが苦手そうに見えて、案外大丈夫な性格。私をこの5年間守ってくれた、元彼氏。
「じゃあ、荷物纏めて出てくね。余ったものは、適当に処分して」
私はそう言って、寝室へと戻るとスーツケースを取り出して、中に必要な荷物だけを詰め込んでいく。荷物を全て詰め終わると、スーツケースはパンパンで転がすのにも一苦労いった。でも、これからは自分で転がさないといけない。彼はもう、私の代わりにスーツケースは転がしてくれない。荷物も持ってくれない。
それが、元彼氏という存在だ。
玄関に来ると、彼が私を見送るようについてくる。こういう時だけ律儀なんだから、と思いながら私は靴を履いた。こういう時は、見送らないで一人で出て行った方が楽なのに。そういう時だけ、空気が読めない。
私は彼を見ると、彼がじっと私を見て、それから「ごめん」と何度目かの謝罪をした。
その謝罪に返事をすることもなく、私はドアノブに手をかけると、そこで止まる。
最後の悪あがきに、彼の方を見る。唇を重ねる。軽いキス。
彼の唇から離れると、彼は少し驚いたように私のことを見ていた。その瞳は今にも泣きそうで、私は瞳が揺らぐ。
「何で、あんたがそんな顔するの……」
私は彼から顔を背けると、今度こそドアノブを掴む。
「さようなら」
私はそう言うと、虚しくもドアを開ける。最後の最後まで持っていた鍵をポストに入れ、コロコロとスーツケースを転がしながら部屋から離れた。
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