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お嬢さん
(みんな先生に化かされているのだ)
夕方、ねぐらへと帰る道で狐はそう思った。
西日に照らされた木々はまるで影絵のようだ。町の方から飛んでくるカラスの群れが、あっという間に夜を連れてくる。
(そりゃ、そういう気の毒な狐だって中にはいるだろうさ。だけど、みんなってことはないはずだ。上手いことやって、お稲荷さんのように人間たちから拝まれている狐が一匹や二匹いるに決まっている)
狐は、人間から神のごとく崇められている自分を想像してみた。美味しいものをたんまり貢がれて、もはやお稲荷さんよりもずっと偉い。
なぜってお稲荷さんは狐や人間のために働いてくださる有難い神様だから。
出世した狐はそんなことするつもりはない。逆に自分のために人間を働かせてやるのだ!
(だが、偉くなれるのは、きっとすごーく化けるのが上手い狐だけだろう)
現実に戻ると、高々と掲げた鼻先からスンと息が抜けていく。
先生の言うこともわからないでもない。狐にも分相応というものがある。住み慣れた山の中で、横暴な人間に適度にやり返しつつ生きるのが、正しい狐生というものかもしれぬ。
が、狐は化けるのがもっと上手くなりたかった。技術を極め、望むものすべてに化けられるようになりたい。その結果、美味しい食べ物にありつければ大悦至極である。
(ああ、何か良い上達方法はないものか……ムッ)
山道を歩いていた狐は、人の気配に三角耳をキリリと立てた。
化けるのは奥の手だ。こういう時はサッと隠れてやりすごすに限る。
茂みのなかに伏せた狐は、現れた人影におやと思った。
向こうから歩いてきたのは、山奥のお屋敷に住むお嬢さんだった。横に一人、いかにも鞄持ちといった風情のむくつけき男を連れている。
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