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1-02追いかけられてはたまらない
「あれっ、シエルくん。君は強くなってるよ」
「え? どこが? 何も変わらないように見えるけど」
「ううん、HPもMPもいきなり伸びてるし、その他の身体能力も上がってる!!」
「えいちぴー? えむぴー?」
「ああ、こっちの世界のドラゴンとか人には!? このステータスが見えないのがもどかしいわ!!」
「すてーたす?」
俺は実の母さんからもう知らんと言われてから、自分はドラゴンとして生きるのは諦めて、あかり姉さんのように人間として生きていこうかとしていた。だからずっと人間の姿でいて、あかり姉さんと一緒に鍛練をしたりしていた。正直なところこれが結構辛い、ドラゴンの姿に慣れているから、体の操り方が違っていてとても難しいのだった。だが、それが俺の成長に繋がっているという、あかり姉さんの言うことなら信用できることだ。
あかり姉さんのような迷い人というのは異世界から何かの世界の力で呼ばれた人間だ、あかり姉さんはにほんというとても安全な世界からこちらにやってきた。俺と母さんが鍛練中にいきなり空が光ったかと思うと落っこちてきたのだ、母さんがとっさに受けとめる魔法を使わなかったら、あかり姉さんはおそらく死んでいたはずだ。それから母と俺からこの世界の説明を受けたあかり姉さん、彼女は元の世界へ帰る術が分からないということに凄く落ち込んだ。
更によく知らない人間が怖いということで、俺たちと一緒に魔の森で暮らすことになったのだ。そんな姉さんはいろんなことを知っていて、母であるセーメイオンはそんな賢いあかり姉さんに、この縄張りの魔の森で暮らすことを許した。母さんが魔法のことも教えるとあかり姉さんはそれもすぐに覚えた、俺が何年経っても覚えられない上級魔法まで覚えてしまった。それでもあかり姉さんは人間が怖いと、滅多に森の外には出ない暮らしをしていた。
「しばらくシエルくん、君は人間として暮らしていきましょう。そう、いわば縛りプレイよ!!」
「あかり姉さん、そんなことで俺は強くなれるの?」
「理由は分からないけど、シエルくんの場合はそうみたいね!! ステータスは嘘つかない!!」
「いや、すてーたすって一体何なの?」
「分かりやすく言うと体力や魔力とかを数字にしたものよ、それがこの七日で凄く上がってるの!!」
「…………つまり俺は強くなれるの?」
俺の問いにあかり姉さんは自信たっぷりに頷いた、しばりぷれいというのはよく分からないが、俺はただ人間の姿で過ごせばいいらしいのだ。あかり姉さんに鍛練に付き合わされるけど、魔の森の安全なところを走ったり、あかり姉さん相手に剣や魔法の練習をするだけだ。俺はもうドラゴン生は諦めて人間として生きていくという、そんな密かな俺の計画にもちょうど良いと思っていたので、素直にあかり姉さんに従うことにした。
「とりあえず、シエルくんは命に関する危険がある時以外は人間でいてね」
「は~い、あかり姉さん」
「約束よ、約束」
「うん、約束」
オスは時に絶対にメスに逆らってはいけないのだ、そんな種族的な教えからもあかり姉さんに逆らうという選択肢は俺にはなかった。そんな俺たちに向けられる母の視線は氷のように冷たかった、いや正確に言うのならば俺に向けられる視線がそうだった。思わず俺は何かをちびりそうだった、それからあかり姉さんは母さんに向かって色々説明していたが、そんな母の目は最後までずっと俺に向いていて懐疑的だった。
「ほらっ、シエルくん。足を上げて、まだまだ走るよ!!」
「………………あかり姉さん、もう俺を置いていってください」
「何を言ってるの? まだ十キロも走ってないわよ!!」
「………………足が重くて、もう走れません」
「よっし、それじゃ止まって。魔法の講義をしましょう!!」
「………………耳も疲れて、何も聞こえません」
それから俺とあかり姉さんは人間として鍛練に励んだ、俺はあかり姉さんのことを信じていたから、きっと少しは強くなっているのだと思っていた。人間の体の動かし方も日々が過ぎるごとに上手くなっていった、あかり姉さんから今度は街に連れていくからと、俺は人間らしくみえる行動の仕方も教わった。そして魔法の講義だけは眠くて眠くて、なかなか俺は上達しなかった。
「あかり姉さん、まだ走るの?」
「ふうっ、そうね。私はちょっと休むわ、シエルくんはもう一周行ってらっしゃい」
「ええ!? 俺も休みでいいんじゃないかなー?」
「何を言ってるの、私より体力がついてきたのよ。もっと鍛えなきゃ」
「は~い、それじゃ。もう一周行ってくるよ」
「素直でよろしい、シエルくんは今日も可愛い!!」
俺たちが住む魔の森でも道を選べば安全な場所がある、母さんの住処の周囲がそういう場所なのだ。ここにはデビルベアであれど普段ならば入ってこない、ドラゴンがどんなに恐ろしい生き物なのか、魔物の方がよく知っているからだ。だから俺とあかり姉さんも安全に運動ができるのだった、最近は俺の方が持久力がついたのか、あかり姉さんが休んで俺が運動を続けることも増えた。だがしかし、何にでも例外は存在しているのだ。
「うどわひゃああああぁぁぁ!!」
俺がいつも走る場所を回っていた時のことだった、いきなりデビルベアと出くわしたのだ。しかも相手は子どもがいる母親だった、デビルベアでも入ってこないドラゴンの住処であるのだが、きっと子どものデビルベアが迷い込んで母親が追いかけてきたのかどうかしたのだ。そんなことを考えられたのは一瞬だった、次の瞬間にはデビルベアが突進してきて、とりあえず俺はその場を逃げ出したのだった。
「なんで、こんなところにいるんだよおぉぉぉ!!」
デビルベアの走るスピードは速い、普通の人間よりもずっと速いのだ。俺はなんだドラゴンになればいいじゃん、と思って元の姿に戻る変身を行おうとした。するとだその瞬間を狙ってデビルベアが突っ込んできた、俺はその突進をどうにか躱してまた走り続けるしかなかった。それに俺はドラゴンの姿にも戻れなかった、何故だ分かったあかり姉さんと約束したからだ。
ドラゴンは約束というものに忠実な生き物だ、軽い口約束でさえ守る必要があるのだ。そんな簡単なことを俺はすっかり忘れていた、だから軽い気持ちであかり姉さんとあんな約束をしたのだ。でもこれって俺の命に関する危険じゃないだろうか、しかし俺の体は人間からドラゴンに戻る様子がない、つまりは人間の体のままで助かる力が俺にはあるのだ。
「嘘でしょおおぉぉぉ!!」
とにかく俺は走り続けた、決して止まらず後ろを振り返らずに走り続けたのだ。心の中で母に助けを求めた、親子は心の繋がりが成人するまではあるらしいのだ。でも母はどこからも現れてくれなかった、つまりは俺を信用しているか、もしくは見捨てているかのどちらかだ。どうか悲しいことに後者でないことを願いたかった、俺は他にできることがなくあかり姉さんが待っている場所まで走り続けた。
「『抱かれよ煉獄の熱界雷』!!」
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