1-26そんなに目立つことはない

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1-26そんなに目立つことはない

「ねぇ、シエル。ダンジョンスタンピートって知ってる?」 「ああ、ええと、聞いたことがある、ダンジョンから魔物が溢れるっていう現象だろ」 「それがそろそろ起きそうなんだって、商業ギルドからもきっと応援に行くように言われるわ」 「そっか、情報ありがと。商業ギルドに行って、依頼を受けてくるよ」 「シエルも初めてのダンジョンスタンピートでしょ、お互いに気をつけましょうね」 「うん、ジュジュたちも気をつけてな」  そうジュジュから聞いて商業ギルドに行き、ダンジョンスタンピートのことを確認した。確かに二、三日中にそれが起こるらしいと言われた、俺にも冒険者たちの活動の応援をするようにと依頼がきていた。俺はダンジョンスタンピートを見るのが初めてだったから、それがどんなに大変なことなのかよく分かっていなかった。  三日後にフィーレの街は完全封鎖状態になった、外からくる旅人たちも事前に話を他の街で聞いていて、誰も街に入ってくる者はいなかった。俺は一応は商業ギルドとして手伝うように言われたから、ポーションの瓶の入っている箱を運んだりした、ダンジョンの周囲には魔法で作った土壁や土嚢が積まれていた。  何カ所かはわざと隙間が開けてあった、そこから溢れ出る魔物を倒していくのだった。確かにいざことがはじまると凄かった、いつもならダンジョンの中にいる魔物が溢れ出てきたのだ。小さな魔物、スライムやデビルバットでも毒を持つものがいて、解毒のポーションなんかもどんどんなくなっていった。 「弓使いや魔法使いは後衛で戦え!! 前衛の戦士たちは決して魔物を通すな!!」  できるだけ魔法使いや弓使いが遠距離から倒していった、近距離まで近づいてきた魔物は戦士などの前衛職が確実に倒していくのだった。弓矢や様々な魔法が使われて魔物たちを倒していった、そんな矢や魔法をかいくぐって街に近づこうとする魔物もいた。それは前衛の戦士やシーフそれに槍使いなど、それぞれ近距離戦闘が得意な者が倒していった。 「ジュジュたち、ほらっ、体力回復ポーションあげるから頑張って!!」 「ありがとう、シエルが戦闘員じゃないのが残念だわ」 「私には魔力回復のポーション、ふう~まずいけど魔力は回復するわ」 「これが一週間くらい続くんだもんね」 「怪我をしたら私が神と共に癒してみせます」  俺はあくまでも商業ギルドの人間だったから、各効果のあるポーションを冒険者に配り歩くのが仕事だった。戦闘に参加とかする必要はなかった、むしろ後方にいて万が一前方の冒険者の壁が破られた時、その時にポーションなどの物資を守るように言われたくらいだ。とにかく俺は後衛も後衛でほとんど魔力を消耗することがなかった、ポーションを配り歩く時も何も問題はなかった。  こうして使われたポーションは全てが終わった後で、商業ギルドがまとめて冒険者ギルドに請求するのだ。冒険者ギルドは領主さまに当然だが、街を守った代償として労働代も含めて請求するのだ。そうやって今回のダンジョンスタンピートから、結果的にフィーレの街は守られているのだった。でも俺がいつまで経ってもポーション配りしかしなくて、そのことに対して不満をぶつけてくる者もいた。 「あーん、シエル。あなたも戦って、得意の魔法を見せてよ」 「ハルトさん、俺は悪いですけど商業ギルドの人間なんで」 「シエルの戦い方を知りたいの、貴方もきっとこの街の役に立ちたいでしょう」 「だから商業ギルドの人間として、俺はポーションを配ってます」 「少しくらいはいいじゃないの、シエルも戦ってみたいでしょう」 「いいえ、全くそんなことはないです。余計なことをしていると怒られるので、それじゃ」  特に俺の扱いについて煩かったのが、ドラゴンスレイヤーのハルトだった、しきりに俺を戦力にしたがっていた。他にも俺の実力を知っている冒険者、その中にはハルトに同調する奴もいた。でも商業ギルドの人間たちは俺を戦闘に参加させなかった、むしろ後衛にいて自分たちと荷物を守ってくれ、そう言われたくらいには俺は商業ギルドに頼りにされていた。 「ポーションを配るだけだからなぁ、俺にとってはそんなに怖い仕事じゃないな」  戦場の最前線からは体力回復ポーションを早くと言われた、それより後ろの壁になっている後衛の冒険者からは、早く魔力回復ポーションを持ってこいっと言われた。はいはいと思いながら俺はちょこまかと戦いの場を移動して、冒険者たちが必要としているポーションを配り続けた。フェイクドラゴンの群れが最前線の戦士などの前衛職に近づいた時があった、でもどうにかなりそうだったので俺は後方に引っ込んだ。 「ジュジュとキリエは無事だな、うん」  ただ一つだけ俺が気にかけていたのはジュジュたちのパーティだった、特に最前線で戦う戦士のジュジュとシーフのキリエを心配していた。パーティの四人ともまだ鉄の冒険者だった、長い戦闘には慣れていなかったのだ。もっとも冒険者たちも誰がどれくらい戦えるかは分かっていて、適度に休憩をとるように何度もジュジュとキリエは後方へと戻された。 「ジュジュはもう少し休んだほうがいい、キリエもまだ動くな顔色が悪いぞ」 「ずっと魔物の血の匂いがするから、もううんざりするわね」 「私も、はぁ~。ダンジョンスタンピートが、こんなに疲れるとは思ってなかった」  冒険者たちも商業ギルドの人間もよく働いていた、領主の兵士たちも同様に魔物たちと戦っていた。それから一週間が経った頃、ようやくダンジョンスタンピートはおさまったようだった。無限かと思うような魔物の群れが収まり、スライム一匹出てくる様子はなくなった。念のために皆で更に一日は防衛線を維持したが、完全にダンジョンはいつものダンジョンに戻ったようだった。こういうことが十何年かに一度ある、そう俺は商業ギルドの人から言われた。 「シエル、ありがとう。やっと、ゆっくりと休めるわ」 「本当ですわ、シエルのおかげで慌てなくてすみますわ」 「私ものんびり休もうっと、シエル。ありがとね」 「神にふさわしい感謝をささげます、もちろんシエルにもです」  ほとんど全員がもう戦う必要が無くなったので撤退して街に戻った、念のために領主の兵士だけが交代で残っていた。しばらくはそうやってダンジョンが落ち着いたか、確認作業をしていくんだそうだった。街に戻った冒険者が真っ先に行っていたのは風呂屋だった、一週間も体が洗えず返り血を浴び続けたのでそうなった。ジュジュたちには俺がこっそりと毎日、『洗浄(ウォッシング)』と『乾燥(ドライ)』をかけていたので、彼女たちは慌てずにゆっくりと宿屋に帰って休んでいた。 「坊主、これからが俺たちの戦場だぜ!!」 「はい?」  むしろこれから大変なのは俺の方だった、戦場に残った大量の魔物の死体を商業ギルドに運びこんだ。腐ってしまう肉は半分以上諦めて毛皮だけを剥いだり、落ちている大量の魔石の回収をしたりした。そしてどこの飯屋でも肉が大量に消費された、魔物の肉でも『解毒(アンティドーテ)』をかければ食えるし、なかなか美味いのだから食べないという選択肢はなかった。  そうして『貧民街(スラム)』の人間でさえ、しばらくは肉が食える生活が続いた。俺は魔物の解体がまた上手くなった、そうしないと遅いっという怒号が飛んでくるからだった。商業ギルドに入っていて後悔したのは初めてだった、俺のように解体ができる狩人たちは皆、魔物を解体して解体して解体しまくった。俺は魔物の血の匂いが体中に染み付くような気がした、魔物たちの解体は盗賊団とただ戦うよりも大変で地道な作業だった。 「……もうしばらく魔物の解体はしたくない」
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