1-27世界に決まった形はない

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1-27世界に決まった形はない

「……もうしばらく魔物の解体はしたくない」  俺はもう血と肉にまみれて解体をするのが嫌になった、だからダンジョンスタンピートの後始末が収まったら、しばらく狩りは止めて大人しく人間相手に鍛練するだけですませていた。でもなぁどうも最近は相手が一人だと物足りない気がするな、俺はどこかに手頃な盗賊団でもいないかと、鍛練のついでに冒険者ギルドの掲示板を見てみた。  すると数は少ないが幾つか盗賊団の討伐依頼が出ていた、俺はその規模と場所をよく覚えておいた、そして正式な依頼は受けずにそいつらを潰しに行った。小規模の盗賊団だったから母さんと鉢合わせする心配も少なかった、だから安心をして盗賊団を幾つか潰しにいったのだ。ダンジョンスタンピートで戦えなかった分も合わせて、俺の戦闘意欲はいつになく激しく燃え上がっていた。 「てめぇ、動くとこの人質を殺すぞ!!」 「はいはい、よっと!!」  俺が盗賊団のアジトにお邪魔すると時々、こんな場面に出くわした。でも俺としては複数の人間との、効果的な戦い方を学びたいだけだった。だから誰が人質だろうと言われたことは無視した、人間はドラゴンのことをでっかいトカゲだ、そうトカゲなんかと同じにして酷い悪口を言うことがあった。でもドラゴンの俺にすればまた人間は違うものだった、俺にとって知らない人間は猿のようなものなのだった。  だから人質がとられていても、俺は全く気にせずにその盗賊を殺した。人質が少しくらい傷ついたってお構いなしだった、俺にとって知らない猿が怪我をしたのと同じことだった。俺は身元を特定されるのだけは嫌だったので、ローブを深く被って黒い布で顔を隠して盗賊団を潰していった。一度にいろんな武器で狙われることもあった、それらを魔法で撃退しながら更に飛んでくる武器を避けることもあった。  俺は大勢の人間と戦うのが、だんだんと上手くなっていった。相手がそう十数人くらいの人間なら剣だけでも、俺は上手く一人で戦って殺してしまえるくらいに強くなった。それにしても人間というものは、時には狡猾で随分と卑怯な手を使った。ドラゴンと違って人間は正々堂々と戦うことは少なかった、人間には知恵というものがあってそれは様々な罠となって現れた 「貴様、動くとこの人質を……」 「はいはいっと、えいっ!!」 「えっ、やだ!! 父さんが!? 死んでる!! この人殺しー!!」 「なんだお芝居かよ、ということはお前も盗賊なんだな」  時々人質になっている者自身が盗賊だということもあった、だから俺が人質を取っていた方の盗賊を殺すと非難された。全くの逆恨みで誰かに殺されるのが嫌ならば、誰かを殺す盗賊団なんてところにいなければいいのだった。そうやって俺はフィーレの街の近くにある盗賊団を始末していった、街では最近は街道が安全で通りやすいと噂になっていた。 「うーん、小さな盗賊団は儲けもやっぱり少ないなぁ」  俺は倒した盗賊団からきっちり金貨や銀貨を貰っていった、俺が使うことで世間へと返還されるという良い仕組みだった。もっとも小さな盗賊団ばっかりだったので、儲けもそう大したものではなかった。一度だけそんな俺でも対処に困ったことがあった、俺よりも背の小さい子どもばかりの盗賊団に会った時のことだった。彼らは武器を持って俺を襲ってきた、だがあまりにも弱々しく無力だった。 「くっそっ、殺すならさっさと殺しやがれ」 「お前そんなに死にたいのか、死にたいなら勝手にその辺で自害しろ」  この時ばかりは俺もさすがに殺しをしなかった、全員が十歳前後の子どもで碌に金も持っていなかったからだ。仕方がないのでその時は匿名で役人に手紙を書いておいた、こういう場所にこういう子どもの盗賊団があるとそう教えておいたのだ。人間はそれをどう処理するのかと思っていたら、数日後にその盗賊団は皆殺しにされた。街道を通る旅人の安全を守るためだった、盗賊団にいる者の年齢などは殺さない理由にならなかったようだ。 「うーん、俺もまだまだ甘いな」  一度盗賊という行為を働いたらもう殺されても仕方がないのだ、それがどんなに幼い者でもこの無慈悲な世界は、更生するという機会を与えてくれないのだった。殺すなら殺される覚悟を持ちなさい、ぼんやりと母さんに言われたことを思い出した。全くそのとおりで俺も殺される覚悟、それをいつもしておかなければならなかった、だが上手く言えないが俺はなんだか納得ができなかった。  それでこの一件で俺はどうにも気分が悪くなって、しばらくの間は盗賊団退治は止めることにした。そうして冷静な人間の意見が聞きたくて、月の日にツカサに会いに行って全てを話してみた。ツカサは静かに俺の話を全て聞いていた、子どもだけの盗賊団がいて役人に退治された、そう聞いたときには少し目のふちを指で拭っていた。やがてツカサは俺にこう返事をしてくれた、穏やかに優しく大切なことを教えてくれた。 「なぁ、ツカサ。もっと世界が優しくて、素晴らしい場所なら良いのにな」 「シエル、自分たちがいる世界を形作るのは、いつだってそこに住む者たちだよ」 「えっと、つまりどういうこと?」 「君が優しくて素晴らしい世界を望むなら、そうなるように努力しなければならないってことさ」 「えっと俺にできることなんてあるかな、こんな出来損ないの情けないドラゴンなのにさ」 「君はまだいろんな可能性を持っている、この世界を優しいものにするか、厳しいものにするかも君次第なんだよ」  それから俺はツカサの言葉をよく考えた、それで俺にできることがあるかと悩んだ。しばらく悩んだすえに俺は余裕がある時には、神殿の孤児院に寄付をすることにした。俺は弱々しく生きていたあの盗賊団、その非力な人間の子どもの姿が忘れられなかったのだ。俺は商業ギルドの狩人だってことになっていた、だから寄付をするとしても大した金額じゃなかった。時には金じゃなく俺は子どもたち全員が食えるように、沢山の肉を狩って持っていくこともあった。 「お兄ちゃん、ありがと」 「お肉とっても美味しいよ」 「えへへへっ、お肉嬉しいな」 「お腹がいっぱいだ」 「ありがとね」  俺はドラゴンらしくないドラゴンだった、普通のドラゴンは弱者には無慈悲だった。でも俺は今から大きくなるという可能性がある人間の子どもたち、そんな弱者たちが安心して成長できるような世界を望んだ。俺ができることなんて微々たるものだったが、孤児院の子どもは素直に喜んでくれることが多かった。ツカサやあかり姉さんのような良い人間に彼らには育って欲しかった、孤児院で学んで立派で優しい人間になって欲しかったのだ。  母さんがあかり姉さんを保護した時、その時もこんな気持ちだったのだろうか、遠い世界からやってきた迷い人に優しく安全な世界を与えたかった。俺はそんなことを時々だが考えるようになった、俺にとってはあかり姉さんは新しい隣人ができた、最初はこれは面白そうなそれくらいの認識だったが、母さんはもっと色んなことを考えていたはずだ。母さんは俺に対してとても厳しかったが、でも理不尽な要求をしたことは一度も無かった。  それに今ではあかり姉さんは俺のとても大切な家族だった、血は繋がっていなくてもたとえ種族が違っていたとしても、あかり姉さんはやはり俺にとって失えない大切な家族になっていた。俺の母さんが子どもだった俺のために作っていた世界は安全で優しいものだった、俺もいつか縄張りをもって俺の子どもにとって優しくて安全な素晴らしい世界を作るのだ。そうツカサの言葉を胸に焼き付けて、俺はまだ見たこともない自分の子どもを想ってみたりした。 「まぁ、そんな夢を見るのは自由だろ」
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