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3-20発情期だと気づいてない
「見て、シエル。凄く綺麗な女の人達なの」
俺がそう言われた方をみると大通りのあちこちで、下品でないが薄い衣装を着た美しい女性が踊っていた。レンやリッシュもその踊りに見とれていた、特にリッシュには衝撃だったようだ。くるくると女性が回りながら踊っていて、その美しさに俺も少しだけ見とれた。この街ではこういう踊り子が沢山いるようだった、皆それぞれ少しずつ踊りが変わっていて、いろんな場所でみたが飽きることがなかった。
「くるくるとよく回る、だが綺麗な踊りだな」
「あれはきっと胡旋舞なの」
「チビは本当に物知りだよな」
「美しいですね、まるで風のような女性たちだ」
「とりあえず俺とアクアは神殿に行くかな」
「うん、アクアはシエルと一緒にいるの」
「それじゃ、俺様たちは冒険者ギルドだな。おい、リッシュ。お前、大丈夫か」
「はっ、はい、レン様。僕は大丈夫です、文化の違いに少し驚いただけです」
そうして俺たちは宿屋を決めた後に神殿に行った、そうすると珍しい竜の銅像が飾ってあった、俺たちはそれが最初は蛇か何かだと思った。だから俺は寄付をする時に神官に詳しい話を聞いてみた、このチヤナ国では竜は退治するものではなく、強力で縁起の良い力の象徴だった。だから竜に向かって祈ることも多く、竜のような人間だと言われることは、貴族などの貴人の間では名誉なことでもあった。
「アクア、俺ははじめてドラゴンに好意的な国に来れた」
「でも、シエル。ここのドラゴンさんって、リッシュの言ったとおりヘビさんみたいなの」
「はははっ、確かに体が長かったな」
「むぅ、シエルはあんな変な体じゃないの」
「でも良いことじゃないか、ドラゴンを敬っているだけでも他の国と大違いだ」
「それはそうなの、でもちょっとだけ嫌な気分なの」
その神殿では図書室の使用を許可してくれたので、珍しい竜の話を沢山読むことができた、アクアも珍しく孤児院に遊びに行かないで俺と一緒に読書をした。この国では確かにドラゴン、竜は幸福の象徴だった。俺はやっぱり国が違えば考え方も変わるのだと面白かった、アクアも夢中になって竜の本を読んでいた、まだその姿には納得がいかないようだが興味はあるみたいだった。
「そろそろレンやリッシュと合流しよう」
「うん、分かった」
俺とアクアは夜が来る前に読書を切り上げて、レンやリッシュと合流することにした。だから宿屋に帰ったらいつもどおりのレンと、何故か魂が抜けているようなリッシュがいた。俺とアクアはリッシュがいつになく集中力がなく、ボンヤリしているので少し驚いた。リッシュはいつも俺たちに礼儀正しく、そして真面目に接してくれていたからだった。
「レン、一体何が遭ったんだ?」
「リッシュの様子が変なの」
「それがな、来ちまったんだよ。アレが」
「アレっていうのは何だ? 何が遭ったんだ?」
「リッシュが全然こっちを見てないの」
「アレっていうのは発情期だ、俺様もエルフの発情期は初めて見るぜ」
「リッシュに発情期!?」
「発情期ってなぁに?」
「はははっ、チビ。俺たちドラゴンのように言えば、交尾をして子どもを作る時期だな」
俺とアクアはびっくりしていた、レンは意外なことに落ち着いて、いやちょっぴり呆れていた。確かに穏やかだがエルフにも発情期というものはあるらしい、他の種族ほど強くはないがその時期には異性が恋しくなるそうだ。でもレンが言うには肝心のリッシュにその自覚が無かった、ただ少しだけ体が熱いとだけ言っているそうだ。
これはある意味で一大事だった、種族の繁栄において発情期は大事なものだった。リッシュは自分の子どもは自分で育てたいと言っていた、だからできればこの街にエルフの女性がいて欲しかった。でも街の中を歩いたがこの街にはエルフがほとんどいなかった、探してみればリッシュにふさわしい女性もいるのかもしれないが、どうやって見つければいいのか分からなかった。
「まさか、『エルフの男性で発情期です、お相手を大募集中』なんて、冒険者ギルドに依頼を出すわけにもいかない」
「ぷぷっ!! シエルったら面白いことを言うの」
「でもこれは大事なことなんだぜ、チビ」
「そうだアクア、エルフの発情期はなかなか無いんだ。本来穏やかで優しい種族だからか、なかなか発情期にならないくらいだ」
「そうなの、それじゃリッシュの相手を探すの?」
「いや、俺様たちもそこまではなぁ。リッシュ個人の問題だし、かなり繊細な問題だからな」
「結局のところはどうしようないか、リッシュも村を離れている時に、まさか発情期がくるなんて予想外だろう」
「リッシュは人間とは交尾しないの?」
「自分のガキは自分で育てたいって言ってたからな、人間と交尾したならリッシュとはここでお別れかもな」
最後のレンの言葉にアクアは衝撃を受けていた、大事な仲間であるリッシュがいなくなってしまう、そう深く考えて落ち込んでしまった。俺はあくまでもそれは可能性があるという話で、何事もなくリッシュの発情期が終わる可能性の方が高いとアクアに言った。アクアはそれで一応は安心したが、でもそれではリッシュの幸せの邪魔をしているようだ、そう考えて可愛いアクアは悩んでいた。
「レン、リッシュが人間と交尾することがあると思うか?」
「そうだな、まずねぇだろ。リッシュは人間が苦手だからな、普通の人間なら相手にしねぇ」
俺もレンと同意見だった、リッシュは人間をアクア以外はどちらかというと嫌っていた。それは良い人間に出会えなかったからだが、この街でいきなり運命の相手と巡り合う、そんな可能性は限りなく少なかった。今まで友達程度の人間への好意もなかったのだ、それが交尾をしてもいいほどの相手となると、リッシュが人間を好きになる可能性は低かった。
そのはずだったのだがリッシュはその夜どこかへ出かけていった、朝になる前には帰ってきたがどこに行っていたかは俺たちに何も言わなかった。俺とレンはまさかリッシュが悪い女に引っかかっているんじゃないかと心配した、アクアは何も気にすることがなく夜は俺の腕の中でぐっすりと眠っていた。そんな日々がしばらく続いたある日だった、リッシュが朝になっても帰ってこなかったのだ。
「アクア、レン。もしかしたら、もしかするかもしれない」
「リッシュはどこに行ったの? もう帰ってこないの?」
「ああ、チビ。まだ泣くのは早えよ、あの真面目なリッシュだぜ」
「そうリッシュは真面目で恩義に弱い、俺たちに無断で離れていったりはしない」
「それならいいの、でもこれが発情期のせいなの?」
「それは俺様にも分からねぇ、そもそもこの数日どこに行ってたんだかな」
「もしかしたら好きな女性ができて、その女性の家に毎晩通っていたのかもしれない」
「リッシュ、毎晩いなくなってたの!?」
「あー、チビはよく寝ていたからな。まぁ、この十日くらいは夜はいなかったぜ」
そうやって俺たちがリッシュの心配をしていた時だった、部屋が三回ノックされて俺たちが答えるとリッシュが帰ってきた。リッシュはどこも怪我をしている様子もなく、いつもどおりのリッシュに見えた。いやそう俺には見えただけだった、リッシュは何か決意をしていた。そうしてまず昨日から外出していたことを俺たちに謝罪した、それと同時にリッシュがこんなことを言いだした。
「昨夜から連絡もせず留守にして申し訳ありませんでした、そしてこれは僕の勝手なお願いなのですが……」
そこでリッシュは少し言い淀んだ、言うべきか言わざるべきか迷っているようだった。でもリッシュはもう覚悟を決めていた、だから俺たちに恐る恐るそのことについて口を開いた。それは俺たちにしてみればよくあることだった、別に今更リッシュが緊張して言いだすようなことでもなかった、そうそれは俺たちがよくやっていることだったからだ。
「皆様、盗賊退治に行きませんか?」
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