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水族館のロビーが夕日で赤く染まっている。
一通り水族館の中を回った私と惣は、ロビーに戻ってきていた。
(終わっちゃった……)
最初の出会いから、こんな展開になるとは思わなかった。
まさか推しの仮の恋人になる日が来るなんて……。
惣は隣で、マネージャーに迎えに来てもらうために電話をしている。
その姿を見ながら、私は今日一日の出来事を振り返っていた。
電話を終えた惣がこちらを振り向く。
「来てくれるって。怒られちゃったよ」
すっかり見慣れた惣の笑顔に、夕日が当たって眩しかった。
今日を忘れたくない……。
私はこれが最後と、惣にわがままを言ってみた。
「今日の思い出になる物が欲しいな……」
惣はそんな私を見て微笑む。
そして、ロビーの売店に駆け込むと何かを持って戻ってきた。
「ほら。ペンギンのちっちゃいぬいぐるみ。俺とお揃い」
そう言って私の手にペンギンのぬいぐるみを握らせる。
「ありがとう! 大切にするね!」
私の笑顔に惣はうなづき、迎えに来たマネージャーのほうをチラッと見てから、私に顔を近づけた。
「ペンギンにヤキモチを妬いた花奈、すごい可愛いかったよ」
惣は私の耳元でささやくと、じゃあね、と手を上げてマネージャーのもとに帰っていった。
私は惣の後ろ姿を見送りながら、ペンギンのぬいぐるみをギュッと抱きしめたのだった__。
☆
テレビの画面では、中崎 惣が笑顔で演技している。
私は今日も、惣が出演している『王子様探偵』をご飯を食べながら見ていた。
水族館デートをしている探偵が、ペンギンに釘付けになっている彼女の気を引くために、繋いだ手を少し強く握る。
振り返った彼女の意地悪な笑顔に、あの時の惣の笑顔が重なって私は笑ってしまう。
そんな私を、テーブルに飾ってあるペンギンのぬいぐるみが優しく見守っていてくれる気がした__。 完
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