憐憫

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─1─ 「恵、結婚しよう」 「……はいっ!」 「幸せになろうな」 「慎太、ありがとう!」    私は今、幸せの絶頂にいる。    彼とは、出会って一年半。  私は当時、仕事で大きなミスをし、酷く落ち込んでいた。それを見かねた親友の優紀が、いつもは行かないようなおしゃれなバーを見つけ、連れ出してくれたのだ。  そして、そこのマスターが彼だった。  彼の第一印象は落ち着いていて物静か。大人な雰囲気だった。  背は高く、厚みのある胸板。それでいて笑うと可愛らしく垂れる目尻。女性慣れをしていないのか、照れるように女性客と話す、珍しく誠実そうなマスターだった。  私は三十九歳になり、焦っていた結婚も意識しなくなり、孤独にも慣れ、一人で生きていく覚悟を決めていた。  それが彼と出会い、一変する。  その日のうちに彼は私に連絡先を聞いてきた。 「普段はこんなことしないのに、どうしたんだろ……俺」と、戸惑っていた。  ここからすぐに私たちは恋に落ち、あっという間に一年半が過ぎた。そして今日、とうとうプロポーズをされたのだ。    私は、結婚する──。 「近いうちに、母親に会ってくれるか?」 「ええ、もちろんよ。気に入ってもらえるかしら」 「大丈夫だよ。恵を嫌いになる人なんていないよ」  慎太はいつもポジティブな言葉を使う。人を否定するところを聞いたことがない。そんな彼といると心が浄化され、職場の同僚や親友からは、穏やかになったと言われることが増えた。  三つ下の彼のおかげで、白黒だった私の人生に、色が戻った。  
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