憐憫

10/65
前へ
/65ページ
次へ
─10─  目が覚める。  どのくらい眠っていたのだろうか。まだ部屋の中が暗いところをみると、そんなに寝ていないようだ。念の為、トイレに行っておこうと、布団から出ようとした時だった。 『あれ? 体が動かない……』  腕を必死に動かそうとするも、ビクともしない。声も出ない。  そうか、これは金縛りか。あんなことがあったんだ、金縛りにもなるか。  放っておけばそのうち収まるだろうと、目を開け辺りを見渡す。今の私には怖いものなど存在しない。  しかし──。  寝室のドアがゆっくりと開きだす。 『どういうこと……』  気味の悪さを感じるも、ドアを注視する。 『これは、夢。科学的にも証明されている』  自分に言い聞かせる。  ドアが開くのと同時に、少しずつ何かが見えてくる。 『これは夢……これは夢……』  目を瞑りたくても、もう瞑ることは許されず、視線を逸らすこともできない。    そして、完全にドアが開く──。  そこには、女性が立っていた。  エプロン姿で、髪の毛を緩く一つに結んでいる。  極端に細い体、こけた頬。瞼が厚く細い目、小さな鼻、口。結んでいる髪の毛は、こめかみから崩れており、いかにも幸が薄そうで憐憫な雰囲気をしていた。  何をしてくるわけでもなく、ただこちらを見つめている。  しかし、目を凝らすと、その小さな口元が動いているように見える。 『何か話している……』  こちらを見つめながら、何か言っている。解読しようとするも、小さい口が小さく動いているだけで、到底、読み取ることは不可能。  何かを話し終えると、すうっと、消えて行った。  長く感じたが、時間にすると二、三分の出来事だろう。  消えたと同時に、私の体は解放され、動くようになった。汗ばむ体を起こし、もう一度ドアを確認する。当然だが、誰もいない。  あまりにも哀れな私に、幽霊が慰めに来てくれたのかもしれないと、たいした気に留めなかった。それに、薄気味悪さは感じたが、敵意は感じられなかった。  時計を見ると、午前一時を過ぎた頃だった。完全に目が冷め眠れなくなる前に布団に戻り、また眠りについた。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加