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─2─
彼と別れ家に帰る途中、雪がちらついてきた。
初雪だった。
いつもなら憂鬱な冬の知らせだが、今日は違う。空から次々に舞い降りてくる雪はキラキラと輝き、まるで、左薬指に光る指輪のようだ。
夜空に左手をかざすと、婚約指輪はどの星よりも光輝き、自然と笑みがこぼれる。
晩ごはんを買いにコンビニへ寄り、読みもしない結婚雑誌を手に取る。自分でも馬鹿馬鹿しいと呆れてしまうが、密かに憧れていたのだ。自分には無縁だと思っていた、幸せを手に入れた者だけに買う権利が与えられるこの雑誌に。
そして、自分へのご褒美に、いつも我慢しているスイーツを物色する。気に入ったスイーツを見つけ、ご機嫌でレジに向かおうとした時、雑誌コーナーに、厚手のロングカーディガン、ロングスカート姿の女性が立っていた。
うしろでゆるく一つに結んだ髪の毛が、目を引く美しさだった。よくコマーシャルで見る、天使の輪がはっきりとわかる。艷やかで、撫でるとつるんっとしているんだろうと想像させる、そんな美しい黒髪だった。何気にその女性が手に取った雑誌を見ると、なんと、私と同じように結婚雑誌だったのだ。
私は今すぐにでも女性の元に駆け寄り「一緒ですね!」と、声をかけたかった。しかし女性は、手に取ったものの、結局、何も買わずに出ていってしまったのだ。
店を出ていく後ろ姿を見ると、なぜか悲壮感を纏い、とても幸せを手に入れた者には見えなかった。
もしかして、昔の私と同じように、憧れ?
わかる、わかるよ。でもね、今は憧れでも諦めないで。
『いつか、運命の人が現れるよ! ファイト!』と、勝手に鬱陶しいエールを送る。それにしても、あんなに美しい髪の毛を見たのは初めてだった。どんな顔をしているのか見てみたかったが、横顔しか見れずに終わってしまった。
そして、舞い上がったままアパートに着き、興奮を抑えきれず、つい、鼻歌を歌う。
部屋着に着替え、会社の同僚が新婚旅行のお土産にくれた紅茶を味見する。なんとなく飲むことを躊躇っていたのだが、今の私ならおいしく飲むことができる。
鼻から抜ける、品のいい香りが今の私にぴったりだ。
温かい飲み物を飲んだことで落ち着きを取り戻し、浮かれ過ぎていた自分が急に恥ずかしくなり我に返る。
だが、この年齢で結婚ができるなんて、統計的に考えたって確率が低いだろう。運命の人に出会えたと考える他ない。
さて、明日も仕事だ。今日くらいは幸せに浸りながら眠ってもいいだろう。
いい夢が見れそうだ。
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