憐憫

─8─

「他の方のご迷惑になりますので……」
　親族に近づこうとする女性を、スタッフが必死に止める。しかし、その手を払いのけ、驚くべき勢いで前へ進む。
「ちょっと！　この男に騙されてお金返してもらってないのよ！　奥さんがいるなんて一言も言ってなかったわ！　三百万も貸したのに、奥さんがいたなんて！　どうしてくれるのよ！　なんとかしなさいよ！」
　女性は慎太の遺影に指をさしながら、今にも奥さんに掴みかかりそうな勢いだ。奥さんは子どもを抱きかかえ、必死に守っている。子どもはわけもわからず、ただただ怖がり、泣いている。
「どうしてくれるのよ！　結婚するっていうからお金貸したのに！　返しなさいよ！」
　会場内は騒然とし、あちらこちらで、ヒソヒソと参列者たちが話している。
　女性はその場に座り、顔を手で覆い、声を上げ泣き出した。
　惨めだった。
　私は、あの女性と同じなのだ。
　あの女性は、私だ。
──ここにいてはいけない。

「帰ろう……」

　彼女が怒り、泣き叫んだことで、私は冷静さを取り戻し、途端に気持ちが冷めた。
　何より、今すぐにこの場を離れたかった。自分を見ているようで、辛かったのだ。このままでは胸が張り裂けてしまう。

　家に帰ろう……。