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以前感じたあの感覚。
水面から海底へと引き摺り降ろされていく。
「この私の忠告を無視するなんていい度胸だな」
「へ?」
抗う暇もなくまたあの真っ白な空間にいた。以前と異なるのは今度はその人の姿がはっきり見えること。
「母様?」
「母ではないが先祖ではあるな」
「へー」
その人は母と同じ白銀の髪と黄金の瞳を持っている。更にはその人間離れした美しさまでそっくりで、一瞬母の姿と重なって見えた。
しかしよく見ると背丈も肩幅も男のそれで、声も高くはあるが芯の通った重みのあるものだ。ついでに髪も母様とは違いサラサラのストレート。
それでもやはり母の姿が頭から離れないのは最後に目にしたあの眼差しのせいだ。
もうずっと感じていなかった母からの愛を漸く手に入れて。それなのにまたこんな形で失うことになるなんて。
「はあ………。この状況で自分より母の心配をするとはな」
「………?」
「言わなくても分かる。君の考えてることは全て筒抜けなんだ」
「そーなんだ」
意味の分からないことを言われても深堀りする余裕すら無い。
「全く………。ほら、おいで」
手招きされたので重い足を動かしてご先祖様の方へ近づく。言われた通りにしただけなのにご先祖様は俺の額に人差し指を当てトン、と強い力で押した。
「うわ、地味に痛……い」
母様だ。母様が枕を背に当ててベッドに座り、父様と話している。顔色は良くないが以前見た時より頬がふっくらしていて体調が改善しているのが目に見えて分かった。
そして一瞬の暗転の後今度は兄様の姿が見えた。
兄様は俺のベビーベッドの直ぐ側に座っている。しかしらしくなく背は曲がり髪も乱れていて目の下の隈も酷かった。
更にはあのビー玉のような瞳には薄っすらと涙が溜まっていて、何度もそれを擦っているのか目元が腫れてしまっている。
その悲壮感漂う視線の先には………
「俺?」
「そう。君」
ユリシスがこんなにもボロボロになっているというのに、俺はベビーベッドですやすやと穏やかな寝息をたてている。何が起きているのか理解できないまま映像はプツリと途切れてしまった。
「これなに!?なんか頭に変な映像が流れたけど!」
「漸くらしい反応をくれたな」
いつの間に持ってきたのかご先祖様は深紅の布張りの椅子に座っている。足を組み肘掛けに片肘をついているその様子はまるで王様のよう。
「今見せたのは君の家の現状だ。安心しろ。君の母は無事。恐らくもう命の危機にさらされるほど病状が悪化することはない。その代わり、君はもうニ週間近く眠ったままだがな」
「そっか………よかった」
ずっと………本当にずっと胸中にあった不安と恐怖がやっと消えた。足の力が抜けて崩れるようにその場に座り込む。
「何にも良くない。君、もしかしたら一生このまま目覚めないかもしれないんだ」
「そ………っかーー」
母様の命の終わりはあの時確かに直ぐ近くまで迫っていた。それがこうして元気になって、しかも俺が起こしたあの変な光が原因でこうなったというのなら、何か代償があるという方が自然な気がする。
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