二回目の人生

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「ユリシス、もう寝よう」 ユーゼルはアーリアの眠るベッドにもたれ掛かったまま床に座っているもう一人の息子を抱きしめた。 同年代の子より遥かに大人びているこの子も、まだこんなに幼く脆い。 「アーリアはいつ目を覚ましますか?」 「きっと直ぐに起きるよ。ほら、アーリアは眠るのが大好きだから。一度寝たらなかなか起きてくれないんだ」 「嘘です………そんなの嘘です!」 ユリシスがこんなふうに泣き崩れたのはいつぶりだろうか。頭の良い子だから、周りの大人達の表情や声音から今アーリアがどんな状況なのか察してしまうのだ。 自分の胸に顔を当て嗚咽するユリシスをただ抱き締めることしかできないのが悔しくて仕方ない。 もうずっとまともに寝ていなかったこともあり、数分経った頃には泣き疲れて眠ってしまった。慎重に抱き上げ、代わりに運ぶという侍女達の申し出を断って自分の部屋のベッドへ運ぶ。 「不安だよね。ごめんね」 腫れ上がった目元を優しく拭う。 再び抱き締めてからアーリアの部屋に戻ると、今度は一人の女性が静かにそこに立っていた。 「ルシア、まだ寝てないと、」 「私にやらせて。私の力ならアーリアを治せるかもしれないわ」 未だおぼつかない足取りのルシアはベッドの柵に手を付いて辛うじて立っている。慌てて近づき支えたがこんな状態で精霊の力を使えばどうなるのかは目に見えていた。 「駄目だよ。医者にも言われただろう。原因が分からない以上、今は待つしか無いんだ」 「原因なら分かってるわ!私が生きてるからでしょう!?」 目一杯に涙を溜めてそう叫ぶルシアに、これ以上なんと声をかけたら良いのか分からなかった。 ルシアの一族………ハークレイ公爵家に時折産まれる精霊の祝福を受けた子ども。人々はその子達を神の子と称し崇め、ただの平民だった彼等に公爵という爵位まで与えた。 しかし実際は祝福どころかまるで呪いだ。神の子は異様に身体が弱く、そして何故か神の子を産むとその生命力が著しく低下する。 まるでこの世界に、神の力を持つ者は一人しかいらないとでも言うように。 ルシアもその一人だった。昔から体調を崩すことが多く、本当は子どもを産むのも諦めるべきだったのだ。それでもこうして二人の息子を迎えたのは、ルシアの願いを叶えてあげたかったから。 『何故私が産まれたのか分からなかった時もあったの。こんな呪われた血を繋ぐことを、何故誰も辞めようとしなかったのか』 『今は?もう分かったのかい?』 『………守ってくれてるのを感じるの。誰かがずっと、私達を見守ってくれてる。ご先祖様達は、その人の想いを繋いでるんじゃないかな』 何時だったか。高熱を出して寝込み、何度目かの生死の峠を彷徨った彼女がそう言っていた。 「………辞めようルシア。アーリアを信じて待つべきだ」 「ユーゼル!!私はこの子の母親よ!」 「それは俺だって同じだ!俺だってこの子の親なんだから!」 「なら分かるはずだわ! もう誰かの想いを繋ぐためじゃない!私の想いなの!私が、自分の子を救いたいの!」 心臓が焼かれるような思いだった。愛する子のために自分の妻を犠牲にしなければならないなんて。 それでも今彼女を引っ張って無理矢理自室へ戻らせるような真似はできない。ルシアに生きていて欲しいのと同様に、アーリアにも生きていて欲しいと願うから。 「ユーゼル、他に言いたいことは?」 「………私の負けだ」 「母親は強いのよ」 ごめんね、と。そう言っているような笑顔だった。 ルシアの手がアーリアの頬にそっと触れる。そのまま瞼を固く閉じ、強く祈った。 ―――どうかこの子が、再び目を覚ましますように。目を覚ました先で………誰も憎まなくて良いような、平穏な日々を過ごせますように 精霊の力とは、無から有を産み出す力。彼等の願いは存在しなかった可能性を創り出し引き寄せる。 ありもしない薬を作ることも、不治の病を癒やすことも、死んだはずの者を蘇らせることも………彼等が願えば、全て現実になる。 でもそれは精霊であればの話。ハークレイ家に生まれる神の子は、人間だ。あまりに可能性の低い未来を引き寄せれば、その脆い身体はいとも簡単に崩壊する。 逆に言えば、その身を犠牲にする覚悟さえあれば人一人の運命を変えることも出来てしまうのが神の子だ。 「貴方………どうしよう」 「どうした?苦しいのか?」 「違う、そうじゃなくて………」 ルシアが縋るようにユーゼルの腕を掴む。その細い腕からは考えられない強い力は彼女の動揺をそのまま表しているようだった。 「消えてる………私の中から、精霊の力が消えてるの!」
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