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肺が目一杯開いて空気が流れ込んでくる。あまり味わいたい感覚では無いけれど、よく考えればこの感覚は二回目だ。一度目のその記憶は正直もう無いが、なんとか耐えた。これが成長というやつか。
まだ目が開ききらないせいで視界が悪い。それでも耳は十分に機能しているようで周りの声はよく聞き取れた。
「呼吸も体温も正常なのにどうして泣かないんだ」
「せ、先生、アーリアは、」
「奥様、落ち着いてください。お子様は健康です。ただ、何故泣かないのか………」
あー、そういうことか。
まさか生まれて初めて自らの意思で取る行動が泣き真似になるとは思わなかった。
「ああーっ、ああーっ」
「な、泣きました!奥様、もう大丈夫ですよ!
ほら、抱いてあげてください」
「はあ、良かった………本当に良かった………」
医者らしき人物が柔らかなタオルで顔を拭ってくれたお陰でぼやけているものの母親の顔を漸く見ることができた。
出産による疲労のせいか顔色は白く頬は痩けているが、ウェーブのかかった白銀の髪と黄金の瞳は神秘的な美しさを宿している。少なくとも俺の目にはこの上ない美人さんに見えた。
「ルシア、アーリア!」
「母様!」
「二人とも、ほら見て」
「アーリア………なんて愛らしい子なんだ。
君は?体調は大丈夫?」
「ええ。ね、ユーゼル。抱いてあげて」
微かに震えの残った細い腕から今度は筋肉質な太い腕の中へと移動した。この男、頼り無さはあるが抱っこの腕はなかなかだな。そういえば先程男児の声もしたし、子の面倒を良く見る父親のようだ。
「んー………」
それにしても、安定した抱っこというのは実に良いものだ。そこらのベッドよりずっと身体にフィットして、腕から伝わってくる体温が良い具合に暖かみをくれる。
「すぅ……すぅ……」
「寝ちゃったかな」
「頑張って出てきてくれたもの。疲れているのよ」
「父様、父様!僕にも見せてください!」
「ああ、こら。引っ張らないよ。ちょっと待って」
ユーゼルがアーリアを抱いたまま腰を屈める。そうして漸く見えた弟の顔にユリシスは目をキラキラと輝かせた。
「か、母様、どうしましょう!」
決して視線を動かさぬまま、必死な様子で母親に問いかける。
「なあに?どうしたの?」
「天使様です!僕の弟は天使様だったんです!
こんなに可愛くて宝物みたいで、拐われちゃったらどうしましょう……」
ユリシスは齢5歳でありながら既に文武どちらにおいても圧倒的な才能を見せていて、その所作にも子どもとは思えない落ち着きがあった。
そんな我が子を誇りに思いながらも寂しさを感じざるを得なかった両親だが、心のままに言葉を口にする様子を見て思わず笑みが溢れる。
「ふふっ、そうね。ユリシス兄様が守ってあげてね」
「そうだよユリシス。俺と一緒に母様と弟を守って上げようね」
「………!そっか………僕が守ってあげればいいんですね。アーリア、兄様が絶対守ってあげるよ」
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