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次にやって来たのは公爵夫妻の寝室だ。俺を産んでから身体を崩しがちになってしまった母は最近は殆どここで休んでいる。
「奥様、失礼いたします」
「あら、待っていたのよ」
二人用の部屋にしては随分広々とした空間だが、その分ベッドも大きく真っ白なレースカーテンまであしらわれている。今はサイドに丁寧に結ばれているおかげて母の姿が良く見えた。
「あーう…」
弾力のありそうな枕を腰あてにして上質な綿が詰められているであろう掛け布団を下半身にかけている彼女はその容姿もあってかあまりにも儚げでこのまま消えてしまいそうだ。
「私の愛しい子。そんな顔しないで。母様は直ぐに良くなるからね」
座ったまま抱き締めて優しく額に口付けてくれる。
俺を産んでからもう二か月は経っているというのに未だに腕は細く顔も青白い。
部屋の隅で見守っている侍女の顔色も良くないし、状態は芳しくないのだろう。
それなのにこんな風に微笑んでくれるなんて、心の底から我が子を思っていないとできることじゃない。
「坊ちゃま。大丈夫ですよ」
ルネが赤子をあやすように柔らかな声で慰めてくれる。
ああ、ルネにとって俺は赤子なんだった。
今は兄様の稽古を見に騎士達の練武場へ向かっている。折角外に出られるというのにどうしても気分が上がらなかった。
「奥様は元より体調を崩されやすく、ユリシス様ご出産の後も長く床に臥せっておりました。しかしそれも半年ほどで、直ぐに仕事にも復帰されておりましたよ。ですから心配しなくとも大丈夫です」
「うー」
そうか。母様は元々身体が弱い方だったんだな。それなのに二人も子どもを産んで、平気でいる方が難しい。
ルネの肩に顎を預けて項垂れる。勝手に涎が垂れてしまって大変申し訳ない。
「本当に不思議です。なぜ会話が成り立っているように感じるのでしょう」
「あーだぶ」
気にすんな。
世の中とは考えてもどうしようもないことで溢れているものだ。それは世界線が変わったとて同じこと。
母様が俺を産んだせいで身体を壊したことによる罪悪感も、抱いたってどうしようもない感情だ。今考えるべきはどうしたら母様が早く元気になるか。それ一択。
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