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「反応が遅い!もっと相手の動きをよく見て!」
「はっ、くっ!」
真剣と真剣がぶつかり合う音は想像していたよりもずっと甲高く耳に付く。
「……あー、」
「坊ちゃまにはまだ早かったですかね……」
いや、音は確かに五月蠅いが問題はそこじゃない。
「……!アーリア!?」
「ユリシス様!戦闘中に、余所見しない!」
「あっ」
より一層高い音が練武場に響き、一本の剣が宙を舞う。その瞬間二人の戦闘を観戦していた騎士達が一斉に嘆きの声を上げた。
ここの練武場は騎士達総勢20名程が悠々と剣を振れる位には広く、岩を積み上げて作られた壁で円状に囲われている。その中心でユリシスと一人の騎士が剣を合わせていたわけだが、大分離れた入口からその様子を眺めていた俺に彼は目ざとくも気づいてしまった。
そのせいで集中を欠いて負けたのだから怒っても良いのに、それどころか満面の笑みで俺の名前を呼んでくれる。
「はあ、はあ……。アーリアー!!」
「うー、うあー」
「坊ちゃま、危ないですよ」
駆け寄って来るユリシスの息は切れていて既に大分体力を消耗している。
そんな状態で走らせるのはあまりに酷で必死に手を伸ばすと察したルネが彼の元へ連れて行ってくれた。
「あー!」
「アーリア、どうしたの?」
「あうう」
父様や母様、ルネとは違いユリシスの抱っこは未だ不安定だ。それでも力の籠った腕からは絶対に落とすまいという強い意志が感じられて三人とはまた異なる安心感がある。
まだ薄い肩に思いきり寄りかかってスンッと鼻を鳴らす。走っていた時も特におかしな様子は無かったし、今も腕に力を入れられている。幸い怪我はなさそうだ。
「ルネ、アーリアはどうしたんだろう?なんだか凄く不安そうだ」
「ふむ……どうやらユリシス様が闘うのを見て心配になったようですね」
「そうなの?」
「う」
ユリシスはまだ5歳なんだぞ。剣の稽古といってもてっきり木刀を使った素振りぐらいだと思っていたのにまさか真剣で模擬戦をしているなんて。しかも相手はユリシスより一回りも二回りも三回りも四回りも下手すれば千回りは大きい立派な騎士。怪我がないのは奇跡みたいなものだ。
「アーリアってば、ほんとに可愛いなあ。師匠は剣術に長けていて教えるのも上手いから大丈夫だよ」
「いー!」
「いー?」
俺の可愛いユリシスがこんなに危険なことを当たり前みたいにしていると知って平気でいられるはずがない。
ユリシスはユーゼルに似て金髪と碧眼を持っているが、雰囲気はルシアに似ていて愛らしさより神秘的な儚さの方が勝っている。そう。金髪に碧眼、更には儚い雰囲気と柔らかな口調。こんなにも……こんなにも庇護欲をそそられるお子様が居ていいのか!!と、初めてしっかり顔を見た時は感動してしまった。
しかも弟にも優しくて、どうかこのままスクスク成長して欲しいと願うばかりだ。
「アーリア様!お初にお目にかかります!」
「あーーー!!」
お前か!!俺のお兄様をいじめたのは!!
「あ、お、俺はオードと言って……」
「いあーーーー!!」
「この公爵家の騎士団長を……」
「うーーーーー!!」
「して、いるのですが……」
「いーーーーー!!」
「もしかして嫌われてる……?」
「そのようですね。オード、どんまいです」
「ルネてめえ、楽しんでるだろ」
「いえ全く」
オードか。覚えたからな。あんな風に剣を飛ばしたりして手首を痛めたらどうしてくれる!
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