178人が本棚に入れています
本棚に追加
「アーリア、あのね。師匠には僕が自分でお願いしたんだ。基礎訓練から実戦形式に変えて欲しいって」
「あーう?」
どうしてわざわざそんな危ないことを?
「強くなって、兄様が守ってあげるからね」
そう言って微笑むユリシスからは子どもらしからぬ強い決意が伺えた。
そっか。俺のためだったのか。実際あれだけ激しく動いても大きな怪我はないようだし、騎士団長直々に教えるということは当然当主である父の許可も得ているはず。無論あの父親はユリシスのことも溺愛しているので危険なことだったら絶対に止めている。
「うぅ」
「……?師匠、アーリアが師匠を見て……」
「なに!?」
何やらルネと話し込んでいたオードは、ユリシスに呼ばれるなり弾かれたようにこちらを向いた。また叫ばれるのを恐れているのか眉間にしわが寄っている。顔は悪くないけど眉が太く彫りが深いせいか酷く深刻な表情に見えてしまう。
まあでも悪い人ではないようだし、兄様が尊敬する師匠にこれ以上の失礼はよそう。
喋れるのなら先程の無礼を謝罪するところだが今のところあ行しかまともに話せないからな。その代わり今の俺に出来るとっておきを披露しよう。
さあ、しかと見るが良い!
「きゃあっ!」
これが今の俺の必殺技。愛嬌振り撒き!またの名を、全力スマイル!
これはルネが目を離している隙を見てこっそり練習していた魅了の術だ。(※単なる笑顔。大した練習もしていない)
この二か月で身に染みて理解した。どうやらこの屋敷の人間は……俺が可愛くて仕方ないらしい。
ということは、この屋敷の人間にこの秘術が効かないわけがないのである。
「きゃっきゃっ!」
さあどうだ!驚いただろう!
「きゃあー!」
これでもう、さっきの失礼なんて頭から吹き飛んで………
「うっ、うぅ…」
「ぐすっ」
なんか思ってた反応と違う。
あちこちから聞こえてくる鼻を啜る音。何故か後ろで見守っていた騎士の方々まで泣いているようだ。その位置からじゃ俺の顔は見えない筈だけど……。
「笑い声だけなのに尊さが伝わってくるなっ」
「今の聞いたか!?団長があんなに近くにいるのに笑ってくださったんだぞ!」
「当然聞いてたさ!団長に笑いかけてくださるとは、あんなに幼いのに心の目で人を見ているに違いない」
何だかこっちが泣きたくなってきた。あいつら自分達の長に向かって何て言い草だろう。
確かに団長は筋骨隆々な上に顔も大分濃ゆいし所作にも全く落ち着きがない。
それでも俺の笑顔を見て恥ずかしげもなく大粒の涙を流す当たり、人の良さが滲み出ていると思う。
「う、ううう」
「おい、泣きすぎだ。坊ちゃまの前でみっともないだろ」
そういうルネの瞳にも薄い透明な膜が張っている。ルネまで取り乱すのは少し意外だった。思えばこれまで赤ん坊らしい素振りを意図的にしたのは産声を上げたあの時だけで、あれ以来一度だって無邪気な振る舞いを装ったことはない。やっぱり時にはこうして赤ちゃんらしい素振りを見せた方が良いのかもな。
「アーリアはやっぱり優しいね。でも、次は本当の笑顔を見せてね」
子どもというのはこそこそ話が好きなもの。
ユリシスも例外ではないのか、俺の耳元で声を潜めてそう囁いた。
うちのお兄様、やっぱり最強じゃね?
最初のコメントを投稿しよう!