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その日、初めて外に出た疲れが出たのか珍しくとても深い眠りについた。
「アーリアー、パパだよ……って寝てる!?」
「公爵様、声を落としてください」
「流石に寝過ぎじゃないか?夕方来た時も寝てたけど」
「お坊ちゃまはいつもこうですよ。一度寝たら基本10時間は起きないし、夜泣きもしないし、そもそも泣きませんから」
「うーん、良く寝る子は良く育つ。将来が楽しみだなあ」
いや、基本眠りは十分過ぎる程深いんだけど、寝ている時の感覚がいつもと違うというかなんというか。
普段は風の向くままに水面を漂っているのに、今日は突然海底まで誰かに引きずり降ろされたような、そんな奇妙な感覚だった。
何が一番奇妙かって、死すら連想しかねないこの状況で抱いたのが恐怖心ではなく安心感だったこと。ぬるま湯に肩までどっぷり浸かった時と同じだ。あの丁度良い水圧は魔性のベッドで、そこらの薄い布団より寝心地が良い。
『待て待て待て。この状況で意識を飛ばすな』
不意に聞こえてきた声にドクンと大きく心臓が鳴った。驚き過ぎて叫ぶことすらできない……というわけではなく、何故だか吐き出した空気が上手く音に変わらないのだ。
更に周りは真っ白で、何も見えないのにその存在だけははっきりと分かる。
夢の中に自分以外の誰かが居る。不思議ではあるけどこれも別に怖くはなかった。
『喋ろうとしてはいけない』
優しく教え、諭されている。
『何も願ってはいけない。叶えるには、君はまだ幼過ぎるから』
その大雑把なアドバイスの真意を知らないまま、次の瞬間には現実世界へと弾き飛ばされた。
あの人が誰なのかは知らないが変なところへ引きずり降ろしたと思ったら今度は元の場所に無理やり帰すなんて赤子の扱いがなってないんじゃないか?
まあ嫌な感じじゃなかったけどさ。
「起きた!ルネ、起きたよ!」
「坊ちゃまは賢い方ですから。公爵様がこんな真夜中まで待っていることに気付いて目を開けてくださったんですね」
「あーう」
父様がベビーベッドの柵に両肘をついて俺の顔を覗き込んでいる。こうして見ると雰囲気は置いといて風貌はやはりユリシスと瓜二つだ。そして俺は母親似。鏡はまだ見たことないがガラスにぼやけて映る自分の姿や皆の話から予想がついた。
「本当はアーリアの笑顔が見たくて来たんだけど……」
大変だ。俺の秘術がもう噂になってる。
「寝起きの顔も可愛くて満足しちゃったよ。アーリア、起こしてごめんね。ゆっくりお休み」
父様の手が俺の額をそっと撫でる。その手の皮は意外にも分厚く硬く、心地よいくすぐったさのおかげでまたすぐ水面へと戻ることができた。
母様の柔らかな手とは異なる、頼もしい力を感じる手。やっぱりこの人は、俺の父親なんだなあ。
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