178人が本棚に入れています
本棚に追加
転生なんてしたものだから、何かしらの試練が待ち受けているというのは予想が付いた。でもまさか、一番最初に待ち受けている絶望が母の死だなんて誰が予想できただろう。
家族にも使用人にも愛されて、お金に困っている様子もない。
このまま家族に囲まれて平凡に暮らすことができたのならそれで良かった。でもそんな最上の幸福を得るには、きっとそれ相応の徳が必要で、でも俺にはそれがないから。だからまた、こうして家族との別れを味わうことになったのだ。
その日は起きた時から何だか落ち着かなくて、言葉にならない嫌な予感を感じていた。だからいつも母様の部屋で見かける侍女が青い顔をして部屋に来た時、その予感が的中してしまったのだとすぐに察した。
日に日に痩せていく母様。執務室を空けて母様に寄り添うことが増えた父様。
そして、俺に時間を割けない両親の穴を埋めるように俺の部屋にいることが増えた兄様。
いつかこんな日が来るんじゃないかと分かってはいた。でも、覚悟していたわけじゃない。
「母様っ!」
「ユリシス、落ち着いて」
「でも母様がっ、母様が………っ」
ルネに抱えられ公爵夫妻の寝室へ向かうと、中からユリシスの嘆く声が聞こえてくる。その穏やかならぬ声音はあまりにも痛々しく耳を塞いでしまいたい衝動に駆られた。
「や、」
「アーリア様……」
「やああっ」
押し寄せる不安を口に出すことができない代わりなのか勝手に涙が溢れてくる。愚図る俺をあやすルネの手もいつも以上に冷えていて寧ろ不安は増していくばかりだ。
それに伴い涙の量も増え、観念したのかルネはそのまま部屋の扉を開けた。
「アーリア」
最初に俺の名前を呼んだのは父様だ。ルネの腕から俺を抱き上げると、ベッドに横たわっている母の顔のそばへと近づける。
「ルシア、アーリアだよ」
母様が父様の呼びかけに応えることはない。呼吸があまりにも浅く身体に上手く力が入らないのか声を出すこともできないようだ。
「あーう、」
必死に母様の方へと手を伸ばす。
一体いつの間にこんなに痩せ細っていたのだろう。
最近母様に会わせて貰えなかったのは弱った姿を俺に見せたくなかったからか。
考えれば考えるほど涙が勝手に流れてしまう。たくさん伝えたいことがあるのにまともに話すことすら叶わないのが情けない。
みっともなく泣き喚く俺に母様はとてつもなく愛おしいものを見つめるような眼差しを向けていた。言葉が無くても伝わってくる。この人が、心の底から俺を想ってくれていること。
漸くこの小さな手が母様の頬に届いた。触れた部分から伝わってくる温度があまりにも低く、ゾワリと震える。
何だろう、この違和感。
何か………何か余計なものがここにいる。母様の中に入り混じっている。
その何かが母様の体温を奪っているんだ。
根拠はない。でも直ぐにそう確信した。
―――出ていけ。母様の身体から、今直ぐに。
『何も願ってはいけない』
―――この人を、俺から奪わないでくれ
『叶えるには、君はまだ幼過ぎるから』
―――お願いだから。母様にもっと、この子達と生きる時間をあげて。
「「アーリア!」」
「坊ちゃま!!」
「きゃー!!」
父様と兄様。それから侍女の叫ぶ声が聞こえる。
気付いた時には不思議な眩い光に身体中が包まれて、その光は留まることを知らないまま部屋中に広がっていった。
何だこれ。眩しくて、暖かくて………苦しい。
最初のコメントを投稿しよう!