第一話 

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第一話 

「ん〜、ねむい」 「お前はいつもそれだな」 高校からの帰り道。 いつもと変わらない風景を眺めながら眠気を堪えてダラダラと歩みを進める。 「ふぁあ〜」 「日向(ひなた)、ここで寝るなよ」 「分かってるー。(いつき)はよく眠くならないな」 「お前が寝過ぎなんだよ」 都心と比べれば見劣りするこの町だが、立ち並ぶ古びたスーパーや本屋、歩道のすぐ隣にある水の張った田んぼ。そんな有り触れた景色は心地良い。 「あ、おたまじゃくしだよ」 「えー、気持ち悪い」 「可愛いじゃん!蛙もいるかな?」 「蛙!見たい!」 「蛙は好きなんだ……」 数メートル先で身の丈に合わないランドセルを背負った二人が歩道の脇に座って田んぼを眺めていた。指を差しながらコロコロと表情が変わるのが子どもらしくて可愛いけれど、興味津々過ぎて頭から水に突っ込んでしまいそうだ。 「おーい、気を付け……」 右手を大きく振り被ったところで、隣の車道を走るトラックに目が行った。少しずつ、けれど確実に車体が左に寄ってきている。もしこのまま歩道に乗り上がって来たら、丁度あの子ども達のところに……… 人間というのは不思議なものだ。 特に正義感が強いわけでもない、眠ることと食べることにしか興味が無い俺でも、上質なベッドに飛び込みたくなる時みたいに簡単に身体が動いた。 子どもを田んぼの方へ突き飛ばした時には、既に目の前にそれは迫ってきていて。 ただ、たった一人の大事な家族がこちらに走ってくる姿に柄にもなく目頭が熱くなった気がした。 ✽✽✽ 「アーリア。アーリア」 黒に覆われた静かな世界。気づいた時にはそこにいて短いのか長いのかすら定かではない時間をそこで過ごした。 「ユリシスもほら、名前を呼んであげて」 「あ、あーりあ、」 「ふふ、緊張しなくても良いのよ」 「………っ、ぐすっ」 「もう、貴方はまた泣いてるの?」 「ごめん、なんだか感慨深くて………」 声が聞こえる。初めて聞く声だ。 此処が何処なのかも分からないのに彼等の会話を聞いているとなんだか安心できる。此処にいても良いのだと、そう言われているような気がした。 それからは自分の鼓動だけが響く無の空間の中で、時折伝わってくるその話し声だけが楽しみだった。 「母様、弟はいつ出てきますか?」 「そうねえ。あと二月(ふたつき)くらいかしら」 「じゃああと60回寝たら会えますか?」 「うーん。アーリアが寝坊助さんだったらもうちょっとかかるかもしれないわ」 「アーリア、僕待ってるからね。早く兄様って呼んでね」 「アーリア、母様も楽しみに待ってるからね。安心して出ておいで」 ―――うん、俺も。早く皆に会いたいよ。
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