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「ただいま」
そう言って玄関の扉を開ける。
いつもなら真っ先に息子が走って出迎えてくれるというのに、今日はそれがない。気づいていないのか、それとも眠っているのか。
彼は廊下を進み、リビングのドアを開けた。
息子はソファで眠っている。ダイニングテーブルには、直子が黙って座っていた。
「ただいま。どうしたの? 神妙な顔で」
ラゲルの声に、彼女は肩を震わせて泣いていた。
「ど、どうしたんだよ? なにがあったんだ?」
慌てて彼女のそばに行って肩を触った。しかし、その手を強く払いのけられた。
「え、どうしたんだ?」
「……もう私、なにも信じられない」
直子は涙を流しながら彼のことを睨みつける。ラゲルにはなにが起こっているのかが理解できなかった。
「これ」
そう言って彼女は机の上にスマホを置いた。
「な、なんだよこれ」
スマホを操作し、アルバムを開く。スクロールした先で現れたのは、とある動画のようだった。再生ボタンをタップする彼女。
映っていたのは、公園での映像。真昼間のベンチに座る二人の男性が、周囲の視線を気にすることなく濃厚な口づけを交わしている。それを遠目から撮影しているようだった。ゆっくり顔を離す二人。片方はモヒカン頭の緑色の髪の毛をした男性。もう一人は、スーツ姿の松原潤だ。
唖然とした。確かに撮影をしていた人が何人かいたのを覚えている。しかしなぜ彼女がそのことを知っているのか?
「……これってさ、潤よね?」
震える声でそう尋ねてくる。すぐに答えを返すことができなかった。
「否定しないってことは、そういうこと、なの?」
「いや、その、これは」
わかりやすいぐらいにしろどもどろになってしまう。必死で言い訳を探すのだが、適切な言葉が見つからない。
彼女は静かに涙を流し続けている。思わず視線を外してしまったとき、初めて向かいの椅子の上にちょこんと座ってこちらの光景を眺めているモモがいることに気がついた。隊長はなにも言わずに椅子から少し顔を出した状態で見ているだけ。
縋りたい気持ちはあったが、そこに解決策がないことは明らかだった。
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