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仕事から帰った彼は、ネクタイを緩めながら寝室の扉を開けた。スーツのジャケットを脱ぎ、ハンガーへと掛けた。
そこへ一匹の猫が入ってくる。名前はモモ。松原家で飼っている白いメス猫である。モモがベッドの上にぴょんと飛び乗り、潤のことを見ている。
『どうだ? 順調か?』
モモは低い声でそう尋ねた。
「ええ。今のところは」
『そうか。それならいいが』
「隊長はどうですか? 相変わらず外には出られず?」
『ああ、直子の見張りがきつくてな。何度か脱走を試みたんだが、すぐに捕まってしまったよ』
「妻はモモのことが大好きですからね」
『私は母体選びに失敗したようだ。これほど自由に外出できないとなると、繁殖活動は困難だな。お前たちに懸かっている。頼むぞラゲル』
隊長からその名前を呼ばれて、ラゲルは改めて気を引き締めた。
「ええ、もちろんです。この先我々が生き延びていくために」
そう彼が決意を表していたとき、部屋に子どもが入ってきた。
「パパー」と言って足元に抱きついてくる。頭を撫でてやり、その体躯を持ち上げて抱いてやる。まだ三歳の男の子。
「パパ、誰と話してたの?」
「ん? ああ、モモと」
「え、モモと? モモはしゃべれるの?」
「ああ、もちろん。モモはおしゃべりだからね」
「えー、モモ、ぼくともおしゃべりしてよー」
息子は猫の方へ手を伸ばしている。それを見てモモはふぁーっとあくびをした。相変わらず演技が上手い。
息子をベッドの上に下ろしてやると、モモの頭を乱暴に撫でた。
「モモはかわいいねー」
明らかに不機嫌そうな顔でラゲルを見ている隊長。内心では苛立っているのがわかり、ラゲルは笑いを堪えるのに必死だった。
「パパはモモとなにはなしてたの?」
「うーん、そうだなぁ、世界征服の話かなぁ」
「せかいせーふく? なにそれ?」
「この世界を我々の支配下に置くための重要な会議さ」
あまりよくわかっていない息子は、首を傾げながらベッドを降りて、「ママー」と言いながら走っていった。
『余計なことを言うな』
「本当のことを言ったまでですよ」
はぁ、とため息のような鳴き声を出した隊長は部屋を出ていく。その後ろ姿はどこからどう見ても飼い猫にしか見えなかった。
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