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ここからは私が主人公の、私の物語。 呪われた令嬢リアナとして生きていく―― もう何時間馬車に揺られているだろう。いい加減緊張感も持続せず、外の景色を見るのにも飽きてしまった。 窓の外を見ても、一面に作物を育てる広大な畑が広がるばかりで人の姿は殆ど見えない。本当にこんなところに、お城なんてあるのかしら。 公爵という高い地位にありながらこれほどのド田舎……もとい辺境の地に住まわれているのは、噂が本当だからなのかもしれない。 ――光の盾公爵こと、ローレンス卿は呪われている。―― 正直怖い。元居た世界では魔法や魔物なんて存在しなかったけれど、ここはそうじゃない。 本の中にはローレンス卿の記述は殆ど書かれていなかった。だから呪いが嘘か真実かも分からない。自分の目で見て確かめる他にない。 覚悟を決めるのよ、私。 「リアナ様、ローレンス卿のお城が見えてきました」 馬車の運転手に声を掛けられて外に目を向けると、息を呑むような立派な建物が見えた。思わず唾を飲み込んで、ごくりと喉を鳴らす。すごい、としか言いようがない。 私が転生した家も伯爵家だったから、それなりに大きなお屋敷だったけれど、とても比べられたものではない。流石王族に次ぐ地位の貴族。 これでお互いに何の問題も無いならば、私はお姫様気分で公爵様の元へ嫁いでいた筈なのだけど。 そう、ローレンス卿だけでなく、リアナの方にも問題がある。受け入れてもらえるかどうかは正直賭けだ。拒絶されれば終わり。だけど、私にはこの道しかない。 「到着しました」 貴族令嬢の輿入れだというのに、馬車には運転手(本当は御者と呼ぶらしい)と私しかいない。家族の誰もリアナの結婚を祝わない。厄介払いが出来たと思っているくらいなのだから当たり前なのだけれど。 帰れない。帰らない。私はローレンス卿と共に生きるしかないのだ。 自分で馬車のドアを開けて降りると、お城の使用人の人たちが総出で出迎えてくれていた。 皆一様に喜んだ表情で私を見ている。こんなに多くの視線を一身に浴びるのは初めてで、恥ずかしいし緊張する。 咄嗟に帽子の唾に手を当てて深く引き下げる。ダメだ、こんなことをしては失礼にあたる。だけど、ここにいる人たちがリアナの目を見てどう思うのか、どんな表情になるのか、想像しただけで怖い。 「リアナ様、ようこそいらっしゃいました。我々ローレンス公爵家の使用人一同、リアナ様のご到着を今か今かと心待ちにしておりました。歓迎いたします」 メイド服の女性が代表して挨拶してくれたので、こちらもスカートの裾を軽く持ち上げて軽く頭を下げる。茶色い髪を後ろで束ねて、はきはきした印象がある。二十代前半といったところかしら。 「ありがとうございます。リアナと申します。ええと……」 ローレンス卿がどちらにいらっしゃるのか気になって辺りを見回すと、奥から背の高い男性が真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる。 「あなたがエドワーズ伯爵家のリアナ嬢ですか」 「は、はい」 名前を呼ばれただけで、心臓がドキドキして呼吸を忘れそうになる。 声は低く優しい印象を受けるけれど、表情はどうだろう。帽子のツバで目元を隠しているせいで、公爵の顔を見ることが出来ない。 とても失礼であることは分かっているけれど、怖くて視線をあげられない。 顔を見るのも、見られるのも怖い。手が震えてしまう。どうしよう、貧血を起こしそう。 「私はこの城の当主、ヴェール・ローレンス。このような辺境の地へ来てくれたこと、歓迎します」 歓迎してくれる? 本当に? でもこうして出迎えてくれているのだから、受け入れてくれる気はあるのだ。 ローレンス卿にきちんと挨拶をしなければと震える手で裾を掴むが、こちらが口を開くより前に言葉を続けられてしまう。 「リアナ嬢、なんでもあなたは魔物の目を持つのだとか」 心臓がドクンと大きく跳ねる。当然聞かれると思って覚悟はしていたけれど、正面切って聞かれると恐怖に体が竦んでしまう。 血の気が引いてその場に座り込んでしまいそうになるのを必死に我慢して、声を絞り出した。 「……生まれつき両の目が赤いため、そのように言われてきました。やはりご、ご不快でしょうか」 震えを抑えながら答えると、まるでロボットのように感情の入らないものになってしまう。 それに、不快かどうかと聞いておきながら、私は顔を上げて目を見せることも出来ずにいる。この目を見て、表情を歪めなかった人はいないからだ。 公爵であり当主であり、夫となる予定の相手がどんな態度を取るかで、私のこれからが決まる。そういうことに対してある程度予想がついてしまう分、怖くて仕方がない。 「見せてください」 ローレンス卿が私の顎に触れて軽く持ち上げて上を向かせる。これはまさか、私の元居た世界で以前流行った顎クイというものでは……! 顔が近い。近すぎる。そんなに覗き込まななくても色くらい分るでしょうに。なんて思ってる場合じゃない。どうしよう、ローレンス卿、物凄く綺麗に整ったイケメン……!! 「確かに珍しい色ですね。しかし目の色程度であなた自身のことを蔑むことは出来ません。リアナ、あなたの瞳はルビーのように輝いてとても綺麗ですよ」 「えっ……」 予想しなかった言葉の数々に、思わず頬が緩んで泣きそうになる。 優しくていい人、そして見た目も最高。完璧すぎる。ここに来ることにしてよかった。私は人生の選択に成功したんだ。 何か言葉を返さなければと思っている間に、ローレンス卿は私の顎から手を放すと直ぐに背を向けた。 「南の塔へ閉じ込めておけ。部屋から出すことを禁ずる」 何、と思う間もなく、両腕を女性の使用人たちに抱えるように掴まれて自由を奪われた。反射的に振りほどこうと体を捩るけれど、数人がかりで抑え込まれてはどうにもならない。 「リアナ様、暴れないでください」 「ロ、ローレンス卿……これは一体どういうことですか!」 閉じ込める? 部屋から出すな? 歓迎されていると思ったのに、またここでも幽閉されるの!? 嫌だ、なんで、どうしてなのか説明して、私の目が赤いから? 望んだ相手ではなかったから? お願い、話をして! 「ローレンス卿!」 悲鳴に近い大声を出すと、既にこの場から去りつつあったローレンス卿がちらりと私を振り返り、口を開いた。 「決して出すな」 檻から出た先には、新しい檻が待っていた。
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