8 城内デート

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8 城内デート

ヴェール様に受け入れていただけたことで、私はやっとお城の中を自由に歩けるようになった。 初めは一人で部屋から出ることに緊張したけれど、ここで働く人たちがすれ違うたびに祝ってくれるし、迷っても教えてくれるので気分がよくてすぐに慣れた。 みんな、ヴェール様が結婚されることをこんなに待ち望んでいたんだと思うと嬉しくなる。 でもそれは、ヴェール様が使用人のみんなに好かれているから? それともローレンス公爵家の存続がかかっているから? 国の平和を維持するために必要不可欠だから? まだ私には分からないけれど、みんなの祝い方に生贄を手に入れたぞみたいな不吉な感じはしない。多分……。 ヴェール様は相変わらずご多忙そうだけど、一日一度は必ず食事を共にしてくれるようになったし、二日に一度は二人でいる時間を作ってくれる。 その間に私たちはお互いのことを聞いたり話したり、他愛もない会話をして親交を深めていた。 この気持ちが恋愛感情なのかは分からないけれど、二人で過ごす時間は楽しくて、許されるのならずっと一緒にいたいと思うし、ヴェール様も同じ気持ちであってほしいと願う。 だけどなんとなく、呪いと言われているものは何なのか。感情の集約と浄化の方法、光の盾公爵についての話題を出すことは出来ないでいる。 ヴェール様の方から話を切り出して欲しいと思うものの、一向に口に出す様子がないので余計に聞きづらい。事情を知った上で夫婦になるのだから何を聞いても構わない筈なのに、こうして頑なに話題に触れない様子を見ると、見えない壁があるかのように感じてしまう。 「何か悩み事ですか?」 「いえ……あ、私、誰の結婚式にも出たことがなくて、殆ど何も知らないのですが、どのように式を挙げるものなのでしょう」 私は早い段階で、ヴェール様にエドワーズ伯爵家での生活の様子をお話しした。 物心がついた頃には既に幽閉されていたこと。殆ど外に出た記憶がないこと。三人いるお姉さま方と同じ教育は受けられなかったこと。オリヴィエお姉さまだけが味方で、尊敬と敬愛をしていること。 私が先に自分の過去を話すことで、ヴェール様もご自身の話がしやすくなるかなと思ったけれど、あまり上手くはいかなかった。 だけど素直に話したことで、私がこの世界の常識や知識諸々に疎くても受け入れてもらえる土台が出来て、気持ち的に大分楽になった。 「この城の一角に小さな教会があります。そこに神父を呼んで、私たちが神の前で婚姻の誓いを立てるんですよ」 「教会があるんですか」 流石のお城。でも内容は普通だ。凄く普通。前の世界でも最もメジャーな結婚式って感じだ。 「見に行ってみますか?」 「え、いいんですか?」 「ええ、もちろん」 お城の中の教会が見られるなんて嬉しくてすぐに立ち上がると、ヴェール様は面白そうに笑いながら私の手を引いた。 ちょっと子供っぽ過ぎたかと恥ずかしくなったけれど、一度取ってしまった行動はもう戻らないから諦める。 一緒にお城の中を歩くときは、殆ど手を繋いでいる。すぐにそれが当たり前になったのはいいのだけど、使用人たちに温かい目で見つめられるのが少し恥ずかしい。 メイドさんたちを悪く言うつもりはないのだけど、ポッと現れた私なんかがヴェール様と結婚することに対して、嫉妬心を抱かないのが不思議。ヴェール様の美しさに身分を越えた恋をする使用人がいてもおかしくないと思うのに、そんな空気はどこからも感じない。不思議。やっぱり身分違いの恋なんて起こらないものなのかな。 「この扉の向こうが教会です」 装飾を施された立派な両開きの扉の前に立つよう促されて、ワクワクしながらヴェール様が開けて下さるのを見守る。 「わ、あ……! 綺麗……」 窓から光の差し込む教会内は白を基調に揃えられていて、椅子も床も輝いている。 元の世界で親族や友人の挙式で様々な教会を目にしてきたけれど、これほどまでに美しい空間は初めてで感動する。結婚に夢や希望を抱いたことはなかったけれど、ここで、リアナの見た目で綺麗なドレスに着飾って式を挙げられるのは素直に嬉しい気持ちしかない。 最前中央に立つ神に向かって手を組んで、この世界に来られた事への感謝を伝える。楽な道ではないかもしれないけれど、私はここでヴェール様と共に生きていきますので見守っていてください。と。 「リアナは信心深いんですね」 祈り終わって顔を上げると、声を掛けるタイミングを見計らっていたらしいヴェール様に言われてドキリとする。 雰囲気にのまれて思わずやってしまったけれど、おかしなことだっただろうか。 「こんなに素敵な教会で、ヴェール様と挙式を上げられることへの感謝を伝えていました」 すみませんヴェール様。私は壇上で優しい微笑みを讃えている、一見するとマリア様のようでちょっと違うお方のお名前すら存じません。 「リアナは何色のドレスが着たいですか?」 私の返答に微笑むと、ヴェール様はそんなことを聞いて来た。結婚式の、しかも挙式のドレスと言えば白が基本だ。 でも聞かれるということは、この世界の常識は違うのかもしれない。でもここは無難な色を答えておくに限る。大体ドレスの色なんて一度も考えた事がない。 「純白のドレスが着たいです」 「ああ、絶対に似合いますね」 にっこりと微笑まれて、私は何度目かの心臓を貫かれた。こんなに素敵な人と結婚するのかと思うと、心臓がいくつあっても足りない。 「ヴェール様は何色でも似合いそうですね」 「そうですか? リアナが白なら私も同じ色に揃えようかな」 「それ絶対似合います! ヴェール様の白いタキシード……想像しただけで……」 瞼を閉じてイメージを膨らませると、思わず顔がにやけてしまう。普段の服装でも十分に眼福だけど、髪型も変えて装飾をつけた姿はこの世の者とは思えない美しさになりそう。 「楽しそうですね」 「はい、楽しいです」 あ、そっか、浮かれてるんだ、私。ヴェール様の良いところばっかり見て、怖いところからは目を逸らして聞かないようにしてる。 だからだ。ヴェール様が話して下さらないのは。私が幸せそうで浮かれているから、気を遣って自分の話で水を差さないようにして下さっているんだ。 その答えに唐突に行き着いて、表情と言葉を失う。そんなことにも気付けないでいたなんて、なんて愚かなのだろう。 「ヴェール様、あの……!」 何に対してどう謝ればいいか分からないけど、とにかく話をしなければと思って後ろを振り返ったのと、ヴェール様が膝から崩れ落ちたのは殆ど同時だった。 「ヴェール様!? ヴェール様! どうされたんですか」 顔を覗き込むと、先ほどまでと同じ人とは思えないほど血の気が引いている。貧血のように見えるけど別のご病気かもしれない。 「リアナ……セバスチャンを……」 「一先ず椅子の上に横になって下さい、動けないようならこのまま蹲っているのも」 「うるさい……わたしに指図するな……さっさと執事を呼べ!」 「は、はい!」 慌てて教会から出ると、直ぐ近くの通路に控えていたセバスチャンはすぐに見つかった。 「旦那様!」 セバスチャンにヴェール様のことを伝えると、すぐに数人の使用人がヴェール様の元へ集まった。 手慣れた様子で介抱しているのを見て、ヴェール様にとっても使用人にとってもこれが珍しくないことだと分かる。 「リアナ様はこちらへ」 私だけが何も出来ずに棒立ちになっていたところに、騒ぎを聞きつけてやってきたオリビアが声を掛けてくれた。 「でもヴェール様が……」 私に出来ることなんてないけれど、それでも今傍を離れるのは違う気がして首を振る。こういう時に近くにいるのが婚約者なんじゃないだろうか。 「出てけ……」 ゾッとするようなヴェール様の低い声に体が竦んだ。 「出て行けえ!!」 怒鳴られたことに頭が真っ白になってしまった私は、メイドたちに体を支えられながら教会を後にした。 怖くて心臓がバクバクして何も考えられず、気付けば自分の部屋のソファに座らされて震えていた。 男性に怒鳴られることがこんなに怖いなんて、久しく忘れていた。しかもそれが絶対に怒鳴らなそうな方だから尚の事怖い。急に人が変わってしまったような口調だったけれど、余程具合が悪くて苛ついていたのだろうか。怒らせてしまって申し訳ない。 「リアナ様、ホットミルクを飲まれますか?」 「ありがとう……温かいお茶の方が嬉しいかも」 オリビアが心配そうに顔を覗き込んで聞いてくれる。胃の辺りが気持ち悪いけれど喉がカラカラなので、口元を潤せるものがいい。 「ヴェール様とてもお辛そうだったけれど、大丈夫かしら」 「そうですね……」 結局その後、ヴェール様はご多忙ゆえの過労が祟ったという診察結果報告を、セバスチャンから受けた。 過労で倒れる時に腹の底から響くような怒声が出せるのかと思ってしまうけれど、元々お忙しい方なのに私のために沢山時間を割いて、負担が増したことには間違いない。 とにかく数日は休養が必要ということで、その間はお会い出来ないという話だった。信用を勝ち得たはずなのに、教えてもらえないことが未だに多い。 「こういう時こそ婚約者が介抱する……とかではないのかしら」 溜息を吐きながら窓を開ける。夜になると窓際で叫び声が聞こえてこないかを確認するのが、もう日課になってしまった。 夜風に当たりながら、教会での光景を思い出す。蹲るヴェール様に集まるみんなの対応が、本当に慣れたものだった。たまにとか、時折なんてものじゃない、きっと日常的にあることなのだと思う。 慢性的にどこかがお悪いのか、光の盾公爵の呪いの一部なのか……ヴェール様だけでなく、セバスチャンもオリビアも私に全部を話してくれないのは、信頼がないのではなく心配を掛けまいとしているのかな。 「はぁ……そうよね、リアナはまだ16歳だし」 …ァアアアアアアアー! ウガアアアアーーーー! 「……あの声!」 あの時聞いた叫び声が風に乗ってやってきた。そのことに気付いた瞬間立ち上がっていた。 今なら確かめに行ける。そう思って、私は後先考えずに部屋から飛び出した。
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