11 深夜の密会

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11 深夜の密会

あの後、私はすぐに熱を出して倒れた。 寝不足が続いていた所に徹夜までしたことも要因の一つだけど、決定打は瘴気にあてられたのだと思う。 自覚はなかったけれど、公爵家に来てからずっと全身に力が入っていたみたいで、強制的に横になったことで溜まっていた疲れが全部出た。 高熱と微熱を繰り返しても中々良くならず、もう四日ほど、殆どの時間をベッドで横になって過ごしている。流石に飽きて来るし暇なのだけど、体はまだ休息を欲していて覚醒しても直ぐにまどろんでしまう。 「お食事を終えたら、こちらのお薬を飲んでくださいね」 「ありがとうオリビア」 のそりと起き上がって、ベッドのすぐ隣に移動してきたテーブルに乗った食事に手を付ける。 たいしてお腹も空いてないけれど、食べないことにはよくならない。早く熱を下げてヴェール様に会いたい一心で、一口ずつ食事を進めていく。 ヴェール様は既に浄化を終えて、人の姿に戻られたという話はオリビアに聞いた。お元気になさっているのかな。 直接顔が見たい、声が聴きたい。落ち込んではいないだろうか。早く、早く治さないと……。 ……なんだか、おでこがひんやりして気持ちいい。オリビアかな。そのままずっと冷やしててほしいな。 「リアナ」 ヴェール様? そこにいるのはヴェール様? 「ん……」 待って行かないで、ヴェール様とお話ししたいことが沢山あるんです。全然瞼が開かない。こんなに起きたいのに眠くて眠くて、体が重くてどうにもならない。 行かないで……ここに……。眠い……。…………。 「っヴェール様!」 やっと目が開いて体を起こした時には、部屋の中は真っ暗だった。 ヤバイ、今何時? 何曜日? いつから寝てた? 会社は? ここはどこで私は…… 「私は……リアナ……」 びっくりした、記憶が混乱して仕事のことを気にしてしまった。まだそんなことを思い出せるのね。 休みの日に昼寝をして、目が覚めたら部屋が暗くてびっくりしたこと、何度もあったなあ。それで時計を見たら六時とかで、朝と夕方のどちらか分からなくて焦って布団から這い出すの。懐かしいな。 やっぱり、夢じゃないんだ。何もかも今はこっちが現実。 「ふぅ……」 寝汗が凄いから着替えよう。大分体が楽になったし、熱も引いてるみたい。これで明日の朝また体温が上がらなければ起きた生活に戻れそう。 換気のために窓を開けると、新鮮な生温い風が入ってきて心地いい。お風呂に入ったり髪を洗ったりしたいな。 そう言えばもう、夜中に窓を開けて正体不明の悲鳴が聞こえてこないか耳を澄ませなくていいんだ。そう思うと少し気が楽になる。謎が解けただけで問題が解決したわけじゃないけれど。 「ヴェール様」 結局もう何日会えてないんだろう。今すぐにでもヴェール様の部屋まで行きたいけど、こんな真夜中に寝たきりでヨレヨレの姿を見せに行くのは流石に無理。 前の世界とこちらとでは、夫婦の在り方が全然違う。まあ、お貴族様だっていうのが一番の要因なのかな。 眼下に見える庭園に目を向けると、誰かが歩いているのが見えた。何度も瞬きをして目を凝らすと段々輪郭がはっきりしてきて、それが金色の長い髪の人だと分かった。 「ヴェール様! おーい」 ギリギリ聞こえるかなと思われるくらいの声で呼ぶと、立ち止まって辺りを見回すような動きをする。 「ヴェール様ー」 もう一度呼ぶと、真っ直ぐにこちらを見上げて手を口元に当てて返事をしてくれた。 「リアナ、起きて大丈夫なんですか」 「はい。今からそちらに行ってもいいですか?」 会いたい人に会いたいと思ったタイミングで会えたことが嬉しくて、髪がぼさぼさなのもずっとお風呂に入れていないことも忘れて言ってしまう。 「ダメです! 病み上がりの人間が夜風に当たるなんて」 「でもヴェール様にお会いしたいです。少しだけでも」 「…………私がそちらへ行きます。待っていてください。窓はもう閉めて」 食い下がったら、観念したようにヴェール様がそう言ってくださって、嬉しくて顔がにやけてしまう。私っていつからこんなにヴェール様のことが好きになったの? 「ありがとうございます。待ってます」 窓からぶんぶんと手を振って言われた通りに窓を閉めてから、自分の現状を思い出して竦み上がった。 一応着替えはしたけど、臭うかな、臭うよね……ううん……そう言えば元の世界で髪を三日以上洗わなかったら死ぬけど、こっちはそうでもないのって、湿度と食生活の関係なのかな。 ギリギリ大丈夫だと思いたいけど、大丈夫じゃないんだろうな。もういい。 私はヴェール様が一番見られたくないであろう姿を見てしまったのだから、私もこれくらい見せないとフェアじゃない。ただの思い込みだけど。 あとは暗闇が誤魔化してください。みんな思ったより夜目がきかないみたいなので。 「ヴェールです」 ドアが二回ノックされて、小走りに向かう。 「ヴェール様!」 嬉しくて、思わず抱き着いてしまう。たった数日ぶりなのに、お互いに元気で再会できたことが何より嬉しい。 人の姿をして人の言葉を喋ってくれる。それだけで涙が出そうだった。 「リアナ……」 ヴェール様の顔を見上げると、嬉しそうだけど、ちょっと困ったような顔もしている。迷惑だったかな。 「あ、すみません、中へどうぞ」 ドアの前で立ち話というのも、と思って中に入ってもらえるよう促したれど、ヴェール様はその場から動こうとしない。 「……私が、怖くないのですか」 「え?」 「こんな夜中に二人きりで会って、もしまた私があの姿になってあなたを襲ったら、どうするつもりなんですか」 「あー……」 確かに。その可能性が本当にあるのかないのかは分からないけれど、全然考えていなかった。 三日間も寝たきりだったから瞬発力にも欠けるだろうし、もし急に襲われて喉笛でも狙われたら助からないかも。 「え……えーと……今言われて気付きました。すみません、考えていませんでした」 「少しも?」 「はい……言われて初めて、その可能性があるんだって……」 「そうですか……」 危機管理が足りないって怒られるかな。ヴェール様、ご自分の意思で獣化しているのではないようだし、お互いに気を付けないといけないってことかしら。 使用人が近くにいる時や、いつでも逃げられる状況でしか会ってはいけないということ? 「では別なことを聞きます。こんな夜中に婚約者を自分の部屋に招き入れることが何を示すかは、自覚していますか?」 そう言ってヴェール様は今度は、私に覆いかぶさるようにして壁に腕を伸ばして、所謂壁ドンみたいなポーズで私の顔を覗き込んだ。 そんな綺麗な顔で覗き込まれて、意識しないわけないじゃないですか。 「ヴェール様は、病み上がりの人間に無体を強いる方ではないと信じておりますので大丈夫です」 体が健康でなく辛い状態を身を持って知っている人は、同じ状況の人に優しくなれると思う。自論だけど。あれだけお辛い思いをされてきているヴェール様が、ずっと寝込んで今も万全じゃない私に手を出すなんてことはしない。 もし何かされるようなら、私はヴェール様という方への認識を改めないといけないことになる。 「敵いませんね」 ヴェール様は笑って、壁ドンから解放してくれた。 「とりあえずお入り下さい」 「はい」 小さなランプだけをつけて、暗い中でお互いソファに座って向かい合う。これくらいの明るさが有難い。顔も洗えていないし髪も梳かせていないし。 ヴェール様は黙ったまま私を見つめるばかりで口を開かない。私も、話したいことは山のようにあるのに改めて向かい合うと緊張して言葉が出なくなってしまう。時間は有限なのに。何でもいいから話さなくちゃ。 「あの、体調は如何ですか? すみません、すぐお会いしに行きたかったのですが、熱を出してしまって。やっぱり環境の変化で、多少なりとも疲労を感じていたのかもしれません。あ、でもここが嫌とかそう言うのではなくてですね、違いますよ、ここの方々は皆いい人たちですし、でもほら、部屋の広さも枕もベッドも食べ物も違いますからそういう意味で……」 うわあ、何か喋ろうと思ったら、自分でも引くくらい一気に色んな言葉が出て来てしまった。恥ずかしい。それに、つい環境疲れと言ってしまったけれど、それを城主であるヴェール様に言うのって物凄く失礼よね。やばい。違うんです、ここが悪いとかそう言うことでは決してなくてですね。 焦って慌てて色々理由を言うけど、それが更に言い訳っぽくて酷い。そうです本当は夜になる度に窓を開けて耳を澄ませていて、寝不足だったんです。とは絶対に言えない。 「リアナはずっと眠っていたのに元気そうですね」 ヴェール様は私の言い訳だらけの言葉に怒るでも気分を害されたようでもなく、クスクスと笑いはじめるので余計に恥ずかしくなる。穴があったら埋めてくれ。 「……お陰様で」 そう言えば、いつか眠っている間にヴェール様が来てくれた気がしたけれど、あれは夢だったのかな。それとも本当に、お見舞いに来てくださっていたのかな。 自分から聞くのはちょっと恥ずかしい。ヴェール様の方から話題にして下さらないかな。 「……」 また沈黙。こうして顔を合わせてこうして顔を合わせて見つめ合うと言葉が出てこなくなる。どうしてだろう。 でも次に無言を断ち切ったのは、ヴェール様の方だった。 「リアナ、すみませんでした。私はあなたに謝らないといけないことが沢山あります」 「え……?」 「教会であなたを怒鳴ってしまいました。すみません」 その時のことを思い出すと、胸がギュッとする。急に倒れてしまったヴェール様のことが心配で怖かったし、同じくらい怒声も恐かった。 「地下室のことも嘘をつきましたし、浄化の際にあのような醜い姿になってしまうことも隠していました。すみません……妻になるあなたにこそ、話さなければならないことだったのですが……」 ヴェール様の目から涙が零れはじめてしまい、慌てて引き出しからハンカチを持ってきて手渡す。 綺麗な人が静かに流す涙は美しくて、まるで絵画のようだし、映画のワンシーンでも見ているかのようだった。 「セバスチャンに止められていたのもありますが、私に勇気がなかったせいです。本当に申し訳ない」 私は小さく首を振った。あんなこと、自分の口からは言えないと思う。 ここがファンタジー小説『オリヴィエと魔法の冒険譚』の中の世界だと分かっているから、私もここで起こる数々の出来事を受け入れられているんだと思う。 もし元の世界で知り合った男性が獣に変じたとしたら、悲鳴を上げて逃げる。これは絶対そう。 「本音を言えば事前に話して欲しかったとは思いますけど、私がヴェール様の立場でも、隠し通せなくなるまで言えなかったと思います」 私は席を立って、ヴェール様の隣に座って体を寄せた。 小説の中に描かれていた登場人物たちの中にも、人と獣の姿を行き来する能力がある設定のキャラクターはいなかった。 魔法で姿を変えることは出来ても効果は一時的だし、そもそもそれは自分の意思だ。 魔法があって魔物がいて異種族がいるこの世界でも、ヴェール様の力はかなり特殊なのだと思う。何しろリュミエールの建国から関わり、国の基盤を固めた方の子孫なのだから。 それなのに、感情の回収なんて神にも等しい力なのに、それに苦しめられているのだから納得がいかない。 「教えてください。光の盾公爵の力について。私は何を聞いても、逃げも隠れもしませんから」
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