13 謝罪と仲直り

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13 謝罪と仲直り

「寝ている間もずっと旦那様の名前を仰っていたのに、どうして会いに行かれないのですか?」 オリビアに不思議そうに尋ねられる。その悪気も悪意も何も無い問いかけが胸に刺さる。 熱が下がった私はようやく医者の許可が出て、お風呂に入れて髪も洗えてスッキリさっぱり出来た。オリビアに髪も梳かしてまとめてもらって、今なら胸を張って正面からヴェール様に会いに行ける。 そのはずなのに、私は重い腰を上げられずソファに腰掛けたまま本を広げている。因みに全く集中できず文字を見ていてもさっぱり中身は入って来ない。 オリビアには話せていないけれど、本当は一昨日の夜にヴェール様と会っている。 そしてそこでいろんな話を聞いてもっと距離が縮んだと思ったのに、色々あって最後は部屋から追い出してしまった。 ああーーーーー私のバカ! なんであんなことを言ってしまったのだろう。 自己分析は出来ているつもりだったのに、あんなところで自分の知らない我儘な所を発見するなんて思っても居なかった。 恋愛に対して初心なのは自覚していたけれど、相手が手慣れていただけで昔の女の存在を嗅ぎ取って嫌になるなんて、本当にバカだ。ヴェール様は用心深くて不器用な方だと思っていたから尚更なのだと思うけど。 気まずい。非常に気まずい。いい雰囲気になったのをぶった切った上に、この城の主人を追い出したのだから最悪だ。 公爵という地位と立場からすれば女性の扱いに慣れていて当然なのに、勝手に想像を膨らませて嫉妬して怒って、まるで本当に十代に戻ったみたいな幼稚さだった。 素直に謝って許してもらわなきゃいけないのに、すごく気が重い。 「リアナ様は、とても凄いお方です」 「え、突然どうしたの?」 「旦那様のご事情も直ぐにご理解されましたし、地下での出来事も翌日のことも、全部即座に理解して受け入れられて……使用人たちも怖がる睡眠薬投与も怪我無く成功させて……」 オリビアは胸の前で手を組んで、祈りでも捧げるかのように俯いて続けた。 「たった数日の間に起こった数多のエピソード、全てが後世に語り継げるほど素晴らしいです」 「まさか、言い過ぎよ……」 それくらいのこととは思わないけれど、私は誰かに崇められるようなことはしていない。 それでも褒められると少し嬉し恥ずかしくて、視線を逸らすようにオリビアの手元を見た時に数日前から巻かれた包帯が目に入った。 「オリビア、そう言えばその包帯の怪我って、もしかして」 転んだなんて言っていたけれど、本当は違うのではないかという疑念は初めからあった。だけどあの時はそれが何なのかまでは分かっていなかった。 確信に近い予感を持って聞くと、オリビアは困ったような顔をして笑った。 「……リアナ様に隠し事は出来ませんね。これは、ヴェール様に少し引っ掻かれてしまったんです」 そうなのだろうと思って覚悟はしていたけれど、事実を聞かされると胃の辺りが重くなるし、何だか涙が浮かんでくる。 オリビアの不注意が招いたことじゃない。傷つけられる謂れなんてない。だけどヴェール様を責めるなんてもっと出来ない。 実際に怪我を負ったオリビアも痛いに決まっているけれど、きっと使用人を自らの手で傷付けてしまったヴェール様も傷ついているはず。誰も悪くないのに、みんなが傷を負う。この国の平和のために心と体に傷を負っていくんだ。 「……旦那様は、自分の部屋ごと檻にしてしまおうと言うんです。いつあのお姿になってしまっても、周囲にかける迷惑が最小限で済むようにと」 それは、実を言うと私も少しだけ考えた。多分、使用人たちだって思ったことはあるだろう。 だけどどうして城の当主が檻の中に閉じ籠らなければならないのか。好きで苦しんでいるわけでも、誰かを傷付けようとしているわけでもないのに、何故罪人のように振舞わなければならないのか。 そう考えたら、とてもそんな提案は出来ない。国の平和のために文字通り命を削っている方を、檻の中で生活させていい訳がない。 「お優しい方ですよね。ご自分の事より、使用人の安全の方を優先して考えるなんて」 「本当に……」 オリビアが膝をついて、私の手を両手で握りしめた。 「リアナ様、どうかあの方のお傍にいて差し上げて下さい」 オリビアに説得されて背中を押され、私は飛び出るようにして自室からヴェール様の部屋へ急いだ。顔を合わせるのが気まずいとか、会い辛いなんて私の我儘を言っている場合じゃない。 あの人を一人にしちゃいけないって誓ったばかりじゃない。ちゃんと謝って許してもらおう。そして、自分が何に対して嫌だと思ってしまったのかを正直に話そう。 「ヴェール様、リアナです。入ってもよろしいでしょうか」 ヴェール様の部屋のドアを叩き、声を掛けるが返事はない。ヴェール様の性格から、無視されているとは考えづらいし、どこか別の所にいらっしゃるのかしら。 「奥様、旦那様をお探しですか」 「はい。ヴェール様はどちらに?」 通路を通りがかったセバスチャンに声を掛けられて聞くと、少し神妙そうな顔で私に近付き、手を口元に当てて小声で言った。 「地下通路の先にいらっしゃるかと」 「えっ……」 もう!? という言葉しか出てこなかった。 そんなに短いスパンで浄化しないといけないだなんて、考えてもみなかった。 もっと、もう少し間が空くものだと思っていた。だけど、確かに、周期は聞いていない。 いくら才能が無いと聞かされていても、数日ごとにあんなに辛い思いをされているなんて、考えただけで気がおかしくなってしまう。 気が付いたら廊下を走り、迷わず地下へ入って暗い道を走り抜けていた。 「ヴェール様!」 息を切らしながら、階段を昇りきるのと同時に名前を呼んで奥にある檻に視線を向ける。そこには瘴気を纏った獣姿のヴェール様が蹲って……。 「いない……」 「リアナ、どうしてここへ?」 「きゃあっ!」 ヴェール様がいないことに動揺していたので、すぐ耳元で名前を呼ばれたことに驚いて飛び上がった。 完全に獣の姿で檻の中にいると思っていたので、お化け屋敷並みのホラードッキリだ。 「そんなに驚かなくても……もしかして、私を探しに来たのですか?」 「驚きます。セバスチャンにここだと聞いたので……」 驚きと安堵と色々で力が抜けて、その場にへたり込んでしまう。病み上がりに全力疾走というのもよくなかった。肩で息をしていると、ヴェール様が私の隣にしゃがみ込んで心配そうに顔を覗き込む。 「また浄化が必要になったのかと思って、心配しました」 その顔を見返して言うと、ヴェール様は豆鉄砲でも食らったかのような顔になった。 「それで、息を切らしてまで走って来てくれたんですか?」 頷くと、ヴェール様の腕が肩に回されて、背後から抱き抱えるように抱きしめられた。 「嬉しいです。ありがとうございます」 「……何でもないようで安心しました」 これくらいのことで喜ぶなんて、と私の方が驚いたけれど、同時にそれが何を意味するのかを理解して表情が歪む。 ヴェール様を心配して駆けつける家族はいない。それがずっと、ヴェール様の当たり前だったのかもしれない。喜んでもらえているということは、つまりは…… 「てっきり、リアナは私に対して怒っているのかと思っていました」 「うう、すみません……あの時はちょっと、どうかしていました……」 謝らなくてはと思っていても、先に話題に出されると恥ずかしくて顔を逸らしてしまう。 「それは、私のエスコートが手慣れていたから?」 「……そうです。見たこともないヴェール様の過去のお相手に、嫉妬してしまいました」 「過去の相手? 誰ですかそれは」 そう問われて、私はからかわれていると思ってまたムッとした気持ちになる。 見たこともないと言っているのに、どうして私に聞くの。いじわる。ヴェール様のいじわる。 「知りません。ヴェール様の寵愛を受けた、どこかの若くて綺麗で美しい貴族の女性です……」 恥ずかしいやら悔しいやらで声が震えてしまう。何度も自分を納得させたはずなのに、どうしてもヴェール様の過去の女性のことを考えると嫉妬心が溢れてしまう。 こんな自分でいたくないのに、ヴェール様が意地の悪い聞き方をするから更にヒートアップしてしまう。 「いませんよ、そんな方」 「うそです」 「私がこうして抱きしめるのも、手を握るのもキスをするのも、全てリアナが初めてです」 ヴェール様は、腕を回していない方の手で私の手を取り甲へと口付けた。 「うそですよね……」 「本当です。分かりませんか」 どうやって分かるのかと思っていると、ヴェール様が抱きしめる腕に力を籠めて、体を密着させた。ヴェール様の吐息が耳の辺りに掛かる。その距離の近さとお互いの体温が恥ずかしい。 もう心臓が爆発しそうで耐えられなくて、分からないと口に出そうとしたところで、背中の方で自分のものではない鼓動が感じられた。ヴェール様の心臓の音だ。 それは私の心臓と同じくらい早く脈打っていて、平常ではないことが分かる。 「私はあなたを抱きしめる行為一つでも、拒絶されないか不安で仕方なくて、こうして手を握るのだって緊張しているんですよ。手慣れているだなんてまさか」 「ほ、本当に……ですか?」 「スムーズなように見えたのは、社交界でのマナーエチケットや女性をエスコートするレッスンを受けたから、というだけです」 呪われていても公爵なので。と、苦笑しながら付け加えられて、笑っていいのかどうか分からなくて口元を歪めた。自分の思慮の無さが恥ずかしい。 貴族だもの、それくらい勉強するよね……。子供の頃には家庭教師が山のようにいたはず。自分に縁がなかったからってすっかり頭から抜け落ちてた。 「じゃあ、本当に私が初めて……なんですか」 「はい。リアナのような素敵な女性は後にも先にも、二人といません」 存在しない過去の女性の気配に嫉妬をして機嫌を悪くするような人間に、素敵だなんて言葉は当てはまらない。本当に幼稚な嫉妬の仕方をしていて恥ずかしい。 だけど、そんな気持ちよりも今私は、ヴェール様が私だけのヴェール様だということが分かったのがとてつもなく嬉しかった。 「リアナ、今度はキスしてもいいですか?」 もう断る理由なんてどこにもない。 「はい」
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