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14 ささやかな挙式
私たちの結婚式は、公爵家に住む人たちだけでお祝いするささやかで豪華なものだった。
私はエドワーズ家の人たちを呼ぶ気はなかったし、ヴェール様のご家族は既に全員鬼籍に入っている。
公爵だし光の盾だし、大勢の貴族を招待したり、もしかしたら国王様も来たりするのかなあなんて思っていたけれど、ヴェール様はにっこり笑って否定した。
辺境の地に加えて、呪われた公爵を祝いに来る人たちはいないということかもしれないと思うと、少し悲しくて、代わりに使用人の人たちと祝うパーティを提案をした。
とは言え準備の全てを使用人が行うことを考えると気が引けたけれど、普段は口に出来ない豪華な食事やお洒落が出来ると喜ばれた。
「綺麗です、リアナ」
「ありがとうございます。ヴェール様もとっても……似合いすぎて恐ろしいほどです」
約束通りに私は純白のドレス、ヴェール様は白のタキシードと色を揃え、教会で愛を誓い合った。とても幸せな時間だった。
この一瞬一瞬の全てを記録に残したいくらい、全てが絵になった。この世界のこの時代に写真や動画を保存する機械がない事を悔やむことは、後にも先にもない気がする。
出来る限り覚えていたくて、私は必死にヴェール様の姿を網膜に焼き付けて心のシャッターを切り続けた。
「生涯あなただけを愛し続けます」
「私も誓います、ヴェール様」
前の世界では結婚にも結婚式にも夢なんて抱いていなかったけれど、私はこの日この時の幸せを生涯忘れない。
式を挙げた翌々日、私たちは歴代のローレンス公爵と夫人が眠る墓地へ結婚の挨拶に向かった。
場所は公爵家の城から馬で少し移動して、小さな丘を登った見晴らしのいい所にある。
私は馬に跨ること自体が初めてで、とても一人で乗馬などできないのでおっかなびっくりヴェール様の後ろに乗せて頂くことになった。地面からの高さも歩く揺れも恐ろしくて、ヴェール様の背中にしがみついたまま離れられない。そこに恐怖のドキドキも合わさって、身を持って吊り橋効果を実感する。
「これから少しずつ乗馬を覚えましょうか」
「ええっ……ひ、一人で馬に……こわいです……」
「長距離移動なら馬車がありますが、いざという時に乗れるか乗れないかで生死に関わることもありますよ」
いざという時とはどんな時だろう。
「わかりました……」
「私のあの姿を見た時ですら、ここまで怯えていなかったじゃないですか。馬は苦手ですか?」
ヴェール様は私に獣の姿を見られてからというもの、割とこうして気軽にこんなことを言うので、私の方がドキリとしてしまう。
「地に足がついていない感じとこの揺れがちょっと。それに馬が言うことを聞いてくれるか分かりませんし突然暴れたら怖いですし……」
乗馬には憧れるけれど、今こうしてヴェール様の後ろに乗っているのだって怖い。お腹の辺りがぐるぐるとして気持ちが悪い。馬酔いしそう。
歩いていくには遠すぎて、馬車で行くには道が整備されていなくて通行し辛いのだそうだけれども。
「リアナならすぐに乗りこなせるようになりますよ」
「どうして言い切れるんですか」
「どうしてでしょうね」
何か含みのある言い方をされて、その理由に行き着いた時はヴェール様の腕を齧ってしまおうかと思った。
「もうこの先です」
「ヴェール様のお父様とお母様も眠っていらっしゃるんですよね?」
「ええ。そして将来的には私とリアナが眠る場所でもあります」
馬が停止すると、私が落ちないようにとすぐにセバスチャンがやってきて体を支えてくれる。
ご老体にそうしていただくのはちょっと心苦しいのだけれど、結局怖くてその腕を結構がっしりと掴んでしまう。しっかりとした体幹と筋肉に、ローレンス家に仕え続け体の鍛えられた男性なのだと思わされる。
「リアナ、行きましょう」
ヴェール様が差し出されたその手に、そっと自分のものを重ねて握り返して隣を歩く。そうして辿り着いた場所は、広く大きく管理の行き届いた綺麗なお墓だった。
前の世界のどんなお墓にも似ていない。遺跡のような石版と小さな建物がある変わった作りだった。
ヴェール様の身長より高く横幅も広い大きな白い石版には、びっしりと名前が刻み込まれている。代々の当主の名前なのかな。その左右には石版を守るように装飾の施された柱が立ち、少し奥に小さな建物がある。
お墓だと言われているからそう認識できるけれど、きっと何も知らずにここを見たら呪術を行う宗教的な場所に見えていたと思う。
「奥の廟に、私の父と母が眠っています。ローレンス家は代々自分の子供が仕事を全うするのを見届けてから、土の中に入り休むことが出来るのです」
説明してくれるということは、葬儀の仕方やお墓の形はこの世界でも特殊ということよね。
別に死んだ後のことなんて分かりっこないのだから、土葬でも火葬でもミイラでも何でもいい。むしろすぐにお墓に入らずヴェール様と一緒に居られるのは嬉しいことなのかもしれない。
「後ろを見て下さい。うちが見えるでしょう。ご先祖様たちはこの場所からずっと、子々孫々たちが光の盾公爵の役目を果たすのを見守って下さっているのです」
「……素敵な場所に建てられているんですね」
見張られているの間違いでは、とは口が裂けても言えない。
「ヴェール様、私たちが無事に結婚出来たことを、ご両親とご先祖様にご挨拶しましょう」
「ええ」
石版に向かって手を合わせ目を閉じる。
きっと、歴代の光の盾公爵の方々とその奥さんも、私たちが抱いているような悩みや葛藤を持っていたはず。本当にこれでいいのか。国の平和のためとはいえ、人の感情を操っていいのか。寿命を擦り減らしてまでやらなければならないことなのか。他に方法は無いのかと。
だけど、沢山沢山考えに考えた結果、ずっと変わらずにいるのだと思う。私たちもそうなるのかな。分からなくて怖い。だけど、私は逃げない。考えることはやめたくない。
私たちがどのような道を歩むことになるかは分かりませんが、どうか見守っていてください。
「戻りましょうか」
顔を上げると、既に挨拶を終えていたヴェール様に促された。
お墓の掃除や手入れは使用人が管理しているから、お参りする以外には特にすることもないのだそう。なんだかあっという間だなと思いながら、お墓に背を向けて来た道を戻った。
「帰りは私の前に座ってみますか? その方が揺れが少なく済みますよ」
「えっ……そうしたら私は一体何にしがみついたらいいんですか? 馬の首ですか?」
怖すぎて首を振りながら聞くと、ヴェール様は噴き出して笑い始めた。
「あっはははは! 失礼、フフッ、乗馬はしがっ……ウフフ、しがみつくものでは、ククッ」
「そんなに笑わなくたっていいじゃないですか!」
何が面白くてそんなに笑っているのか分からないけれど、バカにされていることは分かる。恥ずかしさから顔に熱が集まって熱い。きっと今私の顔は茹でだこみたいに真っ赤になってる。
「アハハハハ、ちょっと面白くて笑いが」
だけど、ヴェール様がこんなに感情を表に出して笑うのを見るのは初めてだ。そんなに面白いことを言ったつもりはないのに、ツボに入ったみたいに笑い続けてる。
原因が私のバカな発言なのが恥ずかしいけれど、ヴェール様の裏表の一切ない笑顔を見られるのは嬉しい。もしかして私ってば、天然ボケの才能ある?
自分がちょっとバカなことを言っただけで、ヴェール様がこんなに笑って下さるのだとしたら、これからも積極的にバカになってもいい。そう思うとお腹の辺りが少しむずむずする。
「もう、私はヴェール様より馬の首に抱き着く方がお似合いってことですか?」
「フフッ、もうそんなに笑わせないでください。そんなに嫌なら、私の後ろで構いませんから」
笑いすぎて涙の出て来た目元を指先で拭いながら、ヴェール様は私の体を抱き寄せる。
ぎゅっと両腕を背中に回されて、顔が近付いてきて囁きかけられた。
「私以外の者にそうやすやすと抱き着いたりしないでくださいね」
「……善処致しますわ」
ちょっとだけ意地悪く、にんまりと笑ってそう答えて、再び二人で笑い合った。
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