【第一部】1 転生したら、大好きな小説の主人公…の妹でした

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【第一部】1 転生したら、大好きな小説の主人公…の妹でした

【オリヴィエと魔法の冒険譚】 高校生の頃に大流行した、冒険ファンタジー小説。 『結婚なんて嫌! 親の決めた相手と結婚して、毎日窮屈なドレスを着て、お茶会なんてつまらない。私は世界を旅する冒険家になる!』 主人公のオリヴィエ・エドワーズは幼い頃に魔法の力に目覚めるが、貴族の女には必要ないものと使用を禁じられてしまう。 貴族の女は貴族の男と結婚し、子供を作ることこそに価値があるという父の教えに年々疑問を積もらせていくが、あることを切っ掛けにして家出同然で冒険の旅に出る。 禁止されていた魔法を使い、平民に混じって仕事をしてお金を稼ぎ、多種族の仲間を作って世界中を旅してまわるのだ。時に裏切りや友人の死など辛いこともあるけれど、オリヴィエの心は決して折れることはない。 私はこの活力あふれるオリヴィエシリーズが大好きで、出会ってから何度も読み返して来た。人生のバイブルと言ってもいい。 だけど。 だけどまさか、本の中に転生なんてある!? ない、ない。絶対ない。だってあれは小説で、全部作者の想像の産物で文字列で本当は誰一人として命を持ってないんだから。 ……そうだ、そう言えば私ももう、死んでるんだった。 オリヴィエシリーズの新刊が発売されて嬉しくて買いに行ったのに、帰り道の交差点で暴走車が突っ込んできて……。 そういう意味では私も命無き者として、命無き本のキャラクター(一部)になったと考えれば辻褄は……合わない。考えるのはよそう。 それにしても転生した人物が主人公のオリヴィエじゃない辺り、流石私と言うべきか。確かに主人公の器じゃない。 鏡に映る私はオリヴィエの妹、エドワーズ家四姉妹の中の末妹、リアナだ。 「食事をお持ちしました」 ドアをノックされて、使用人に声を掛けられる。 「ありがとう」 返事をすると足音は足早に去っていく。完全に音がしなくなってからドアをそっと開けると、ドアの横に置かれたテーブルに今日の夕食が乗っている。 私はそれを自分で運び入れて、適当に並べてから着席する。 突然この世界に飛ばされてそろそろ一週間になるけれど、毎度のことながらどうにも食欲をそそられない。 元の世界の食の豊かさとはかけ離れているというのもあるけれど、ここの食事はそれだけでは片付けられない問題がある。 「お肉も野菜もカピカピ……何時間放置したのかしら」 埃も被ってるんだろうな、と思うと口になんて入れたくない。だけど、私にはこれしか食べるものがない。冷え切ったスープ、乾いた食べ物。味の薄すぎるものに濃すぎるもの。料理の上手い下手や材料の問題ではない。これは全部わざとなのだ。 私が転生したリアナという登場人物は、生まれた時から冷遇されている。 理由は単純明快。瞳の色が赤いからだ。オリヴィエシリーズの世界では、赤い目を持つのは魔物以外にあり得ないのだ。 魔物の色、血の色、呪われた色。正真正銘人間の母から生まれて来たというのに、今まで何度、魔物の子ではないかと言われてきたことか。 その目を見れば呪いがうつる、病気になる、命を吸われると避けられ続け、幼い頃からこの薄暗い一室に閉じ込められている。 家族が皆リアナを存在しない者として振る舞う中で、唯一優しく接していたのがオリヴィエだった。オリヴィエだけはリアナを心配し続け、冒険に出た先でもリアナの目の色の原因や、治す方法を探している。 小説の中のリアナは幽閉されたままずっと、オリヴィエが冒険から帰って来るのを待ち続けているのだけれど…… そんなの絶対嫌!! なんとかしてこの家から出る方法を考えないと。今まで何度も読んできたのだ、何か原作の中にヒントはないかしら。 「オリヴィエお姉さま……そうだ、オリヴィエお姉さまの冒険に私も連れて行ってもらおう! 帰りを待つだけじゃダメだわ、自分から行動しなくちゃ」 元々の原作とは変わってしまうけれど、致し方ない。オリヴィエとリアナの魔法冒険譚にするしかない。 そうと決まれば、と私は食事にがっついた。腹が減っては戦は出来ぬ、よね。 空にした食器を部屋の前に置き、ベルを鳴らす。しばらくすると使用人が嫌々ながら食器を下げに来たので、私はドア越しに声を掛ける。 「オリヴィエお姉さまにお話があるの、呼んでくれる?」 「何を言っているんですか」 「お願い、急いでるの。オリヴィエお姉さまにお会いしたいの」 使用人が私に冷たいのは分かっている。だけど引き下がるわけにはいかない。部屋から出ることを禁じられている私は、お姉さまが来てくれるのを待つか、自分から呼ぶしか会う方法がないのだ。 ドア越しに、はぁ、と大きなため息を吐かれた。心に来る。 「……そりゃ私も会いたいですよ。オリヴィエ様には。でももう二度と戻らないと言っていましたし、旦那様も縁を切ると仰っていたのでもう会うことはないでしょう」 「えっ、そんな……」 「一体何を考えているんですか? オリヴィエ様が出て行かれたのはもう5年も前の事ですよ」 「5年!?」 体中の力が抜けて、その場に座り込んだ。そんな、まさかもう、主人公が家を出た後の世界だったなんて――……!! そ、そうだ、オリヴィエは15歳で家を飛び出した。四女のリアナ(私)がもう15歳なのだから、居るわけがない……! どうしよう。小説に転生したのだから当然冒頭からだと思ってた。この世界にリアナの味方はオリヴィエだけだというのに。 「もう行きます」 ドアの向こうで、使用人が冷たく言って去っていってしまう。私が魔物に意識を乗っ取られているとか、呪いが進行して短期記憶さえ持てないと思われてしまったかもしれない。やってしまった。 リアナごめん。私のせいでリアナが益々嫌われてしまう。どうしたらいいの。 『オリヴィエと魔法の冒険譚』は、当然ながらオリヴィエの冒険を描いているものだから、主人公が出て行った後のこの家の描写はほとんどない。 これじゃあ、世界観だけが共通しているほぼ完全オリジナルストーリーだ。つまり外伝か。リアナに準主人公たる器があるのかしら……。 私がリアナとして生きていく上で与えられたものは、元の世界での人生経験と知識、この世界でオリヴィエの関わった登場人物たちのこと、この世界の大まかな未来。これだけで一体どうすればいいのだろう。 ……そうだ、この先一度だけリアナに縁談が来る。 正確には、二女のジュリエットに来た縁談を当人が拒否し、三女のエリザも嫌がった。 そして仕方なしにリアナにまで話が来た。だけど小説の中ではリアナも嫌がった。恐らく幼い頃から蔑まれ続けたせいで自己肯定感も低く、誰かと愛を交わすなんて想像もつかないだろうし、何より自分の目を他人に見られることが怖かったのだと思う。 父親にも「お前に結婚など出来るわけないことは分かっているが、一応聞いただけだ」と簡単に流され、結局は当初の予定通りジュリエットが泣く泣く結婚することになっていた。 姉妹全員が揃って縁談を嫌がったのには、当然理由がある。 縁談の相手は、国王の光を守るために存在すると言われる『光の盾公爵』と呼ばれる方だったが、それは表向きの名前。裏では『呪われた公爵』もしくは『気狂い公爵』と呼ばれている人間だったからだ。 そんな人の元に嫁げば自分の身がどうなるか分かったものではないけれど、相手は公爵。伯爵家とは位が違う。 王族の次に地位の高い公爵からの縁談を断ることは出来ないし、エドワーズ伯爵家の地位向上のためにも誰かしら差し出さないわけにはいかない。 原作中では、ジュリエットと光の盾公爵が結婚した後の話は殆ど描かれていない。でも、死んだという描写は無かったはずだ。 ジュリエットの代わりに私が公爵と結婚する。それしか私がこの家を出る手段はない。 そうと決まればぼうっとなんてしてられないわ。 少しでも貴族令嬢らしく振舞えるように勉強しなくちゃ。リアナはお姉さま方のように家庭教師をつけてもらえなかったし、私自身にだってそんな教養はない。 ダメもとでお父様にお願いしてみる……? きっと虫けらを見るような目で私を見て、お前には不要だとか言うんでしょうけど。 でも、言うだけ言ってみなくちゃ。未来を変えるために。 ベルを鳴らして、やってきた使用人に父との面会を希望する旨を話す。親子なのに会って話すにも許可がいるなんて、ハァやれやれだわ。 断られたら部屋を抜け出して行ってやろうと思っていたけれど、夜になって、部屋に来るようにという返事が貰えた。 私はつばの広い帽子を目深に被り、目元を隠して迎えに来た使用人と共に父の居る部屋に向かう。 「旦那様、リアナ様をお連れしました」 「入れ」 「お父様、夜分に失礼いたします」 私は、父と目を合わせず下を向いたまま頭を下げる。 「一体何の用だ」 突き放すような冷たい声。文字で読むだけよりずっと怖い。 だけど、私は元の世界でそれなりに社会経験を積んできた大人だ。15歳の小娘じゃない。声や口調で威圧することで相手を委縮させようとしていることくらい分ってる。 「お願いがあって来ました」 「何だ」 「私に、お姉さま方と同じように令嬢としての教育を、受けさせては頂けませんか」 ダン、と大きな音がして思わず体がびくりと跳ねる。どうやら父が机を叩いたらしい。 「ふざけるな。何を言うかと思えば、お前にそんなものは不要だ。下がれ」 「……っ、お願いします、いつか役に立つかもしれません」 「役に立つだと? お前のような気味の悪い目の女を誰が嫁にもらうと?」 近いうちに縁談が来るとは言えない。ただ頭を下げることしか出来ないけれど、やっぱり厳しいわ。 この父親は、リアナを愛していないどころか存在を憎んでいるのだから。 「お願いします。文字の読み書きはオリヴィエお姉さまが教えてくれました。ですが、他にも身に付けておくべきことがあると思うんです!」 「ほう、例えばなんだ」 意地悪。何も教わってないんだから、何を身に付けるべきかなんて知るわけがない。分からないことが分からないのと同じだ。だから教わりたいのに。 礼儀作法? ダンスとか? ああ、咄嗟に出てこない。貴族の令嬢は何を学んでいるの? 「下がれ。お前は死ぬまであの部屋から出ることはない」 「そんな、お願いしますお父様!」 「下がらせろ」 バン、とまた机を叩く音がして、慌てた使用人が私の肩を掴んで引きずり出す。 やってしまった、失敗だ。どうしよう、どうしよう――
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