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オリヴィエもダメ、父親もダメ、二女三女は私を人間と思っていないし。分かってはいたけれど、リアナの味方って誰もいないのね。
オリヴィエお姉さまは私の呪いを解く鍵を探すと言っていたけれど、それは冒険のついでであって命題(テーマ)ではない。
主人公の妹だし最後にはなんとかなるとは思うのだけど、それは一体何年後の話?
「自力で頑張るしかないか……」
一応死ぬ前までは社会人として働いていた訳だし、幽閉され続けた少女よりは知恵も行動力もある。
有難いことに読み書きだけはオリヴィエお姉さまが教えておいてくれたおかげで、リアナの目を通して私にも理解が出来る。人間に頼れないのなら本しかない。それと、この引きこもりの弱った体をなんとかしなくちゃ。
何としてもこの家を出る。そのために、ジュリエットお姉さまに来た縁談を私が奪い取ってみせる。
その目標の元に、私は毎日読書と運動に明け暮れた。
貴族令嬢が出来て然るべきこと。
乗馬や刺繍、ダンス、音楽、絵画などは、流石に誰かに教わらないと身に付けられないけれど、言語や文学、歴史や宗教哲学辺りなら、本を読めばある程度は理解できる。
でも何より一番に習得したい礼儀作法は、知識があった上で更に実践してこそなのだけれど。
「誰も私と食事なんてしてくれないものね」
元の世界でも赤い目なんて漫画やアニメのキャラクターでしか見なかったけれど、そんなに忌み嫌われるものでもないと思うんだけどな。
そもそも本当に魔物と関係があるのかな。本当は別の、リアナだけが持つ特別な能力があったりしないのかな。
作者がいつか使おうと思ったものの、タイミングを失ってそのままになってる設定とか。目に魔力を秘めているとか……ううん、中二病っぽいけど、あったらかっこいいな。
「あ、この本……この国の歴史書だ」
歴史書なら、国王と光の盾公爵の関係も書かれているかもしれない。
国王の光を守るために存在する光の盾公爵とは一体何なのか、実際のところ何も分かっていない。
国の平和を守るために不利益を被る輩を暗殺するとか、公爵の立場を使って政治的外交で裏で手を回すとか、考えられることは色々あるけれど全部推測でしかない。
早くこの本を読まなくちゃ。
「リアナ様、まだ起きているのですか」
「うん、ちょっと読みたい本があって」
蠟燭の明かりが部屋の外まで漏れていたらしい。使用人がドアを叩いて声を掛けて来た。気付いても声なんてかけなくていいのに。
「少しは休まれたらどうですか」
私の体調を気遣ってくれるなんて珍しい。確かに毎日毎日知識を詰め込むことに必死で睡眠時間を削っているけれど、心配するようなことかしら。
「ありがとう、気にしないで」
そう答えるとややあってから足音がして使用人が去っていったので、再度開いたばかりの本に視線を落とす。
しかし、普段は私と言葉も交わしたがらない使用人が自ら声を掛けて来るなんて、一体どういう風の吹き回しなのかと気になってしまって文章に対して目が滑る。
集中力を削がれてしまったことを残念に思いながら蝋燭に目を向けたら、答えが見つかった気がした。
声を掛けて来た使用人は、狂った私が夜な夜な室内に火を放つのではという心配をしているのかもしれない。だから異変がないかと声を掛けたのだ。
「フッ、ふふふ、うふふふふ」
明日には蝋燭を取り上げられるかもしれない。この部屋には燃えるものが多すぎるし、私には信用がなさ過ぎる。
本当に部屋に火をつけて、火災の混乱に乗じて窓から飛び出して逃げようかな。でもリアナのこの赤い目じゃ、きっとこの世界の住人は私を受け入れない。
お尋ね者になるか、ならなくてもこの目を見たら誰もが逃げ出すだろうし、最悪魔女裁判で殺される。
ということは、私がいくらジュリエットお姉さまの代わりに花嫁になると言ったとしても、公爵の方から断られてしまうのではないだろうか。
「やっぱり呪われた公爵様だって、相手を選びたいわよね」
そのことだけは考えないようにしていたけれど、やっぱりそうだと思う。お父様が一度リアナにも話しを回してくれるけど、それに頷いたところで先方が許可してくれる可能性は限りなく低い。
呪われた者同士だなんて面白いじゃないか。くらいに言ってくれる人であることを願うしかない。
……もし縁談がダメだった場合、本当にこの家に火をつけてでも出て行くことを考えよう。そのために体力づくりもしっかりしよう。
そうして半年が過ぎた頃、とうとう光の盾公爵からの縁談話がエドワーズ伯爵家に持ち込まれた。
原作の通りに二女ジュリエットと三女エリザが縁談を嫌がった結果、困った父親が私を呼び出して話を持ちかけて来る。
「お前に来ている話ではないが、ジュリエットもエリザも私の大事な娘だ。気狂い公爵などという男の元に嫁にやるわけにはいかんのでな」
とうとうこの瞬間が来た。原作にもあった縁談。本当ならば、ここでリアナも泣いて嫌がるのだけれど。
「部屋の中に閉じこもりきりの私ですら、公爵のお噂は耳に入っています。お父様のお気持ちも、お姉さま方が怖がられるお気持ちもお察しいたしますわ」
外の世界を一切知らない元のリアナは、耳にしたことをそのまま受け取ることしか出来ない。教育を受けられなかった分知識も乏しく、きっと公爵のことは殺人鬼のように思えただろう。
この家に自由はないが、命が脅かされる危険はない。けれど公爵の元に行けば命の保障はない。いい奥さんになれる自信がある筈もないので、絶対に無理だと断る以外にないのだ。
リアナに公爵夫人は務まらない。お父様もそれくらい分っている。悪い噂はあっても公爵だ。伯爵家が断ることは出来ない。
「呪われている者同士似合いだと思うが、お前、ジュリエットの代わりに縁談を受ける気はないか」
大事な娘の数に入れなかったり呪われているとハッキリ言ったり、なんて父親かしら。この目で真っ直ぐに見つめてやろうかしら。と思うけど、今お父様を怒らせるわけにはいけない。大丈夫、私はいい大人だし、リアナであってリアナではない。
「リアナ・エドワーズ、不肖の娘ではありますがその縁談、お姉さま方に代わって私がお受けいたします」
目を合わせるわけにはいかないので、代わりに真っ直ぐにお父様の口元を見ながら言うと、その口がパカリと開いた。物凄く驚いている。ああ、はっきりと顔を見られないのが勿体ない。
本物のリアナからは絶対に出てこない言葉だ。いくら殆ど交流がないと言っても人が変わったように思ったはず。でも、本当に中身が変わったとは思わないでしょうね。
「……そうか。お前が行くか」
たっぷり間を取った後、お父様は椅子の背もたれに寄り掛かって溜息を吐き、気の抜けた声を出した。思いがけない返答に言葉を失っているようだ。
もしかするとお父様は本当はリアナに縁談なんて持ちかけてなくて、嫌がるリアナに対して、役立たずだの愚図だのと罵ってストレスを発散しようとしていたのかもしれない。
「大切なお姉さまを、そのような危険な方の元に行かせるわけにはいきませんから」
にこりと口角をあげてみせる。
「……そうだな、ジュリエットやエリザには、もっと相応しい結婚相手がいる。お前を結婚させるつもりは無かったが、そうか」
思いがけず厄介払いが出来たとでも言いたいんでしょうね。
「公爵様が、縁談相手の変更を受け入れて下さるといいのですが」
一番心配な点はここだ。公爵がノーと言えば全てが終わる。ぬか喜びした私もお父様も、ジュリエットお姉さまもみんなが地獄に落ちる。
けれど、その程度は何とでもなるとお父様は即答した。
何でも、光の盾公爵の家系は代々短命なため、血を絶やさぬために早くお世継ぎを作らなければならないらしい。光の盾としてのお役目は、ローレンスの血筋にしかこなせないので尚更とのことだ。
つまり公爵家に嫁ぐということは、子供を産むことが大前提ということか。家を出たいということしか考えていなかったから、結婚即子育てというのは結構衝撃だわ。でも、この時代の結婚というのはそういうものよね。
妊娠出産ばかりは前の世界でも経験がない。白状すれば、結婚自体も経験は無いけれど。
「生まれてこの方迷惑しか掛けてこなかったんだ。一度くらい人の役に立ってみせろ」
うーん、オリヴィエお姉さまと血が繋がっているとは思えないほど清々しく最悪な父親ね。だから、家を飛び出されちゃうのよ。
「畏まりました、お父様」
そこからそわそわして落ち着かない日々を一週間ほど過ごしたあと、ローレンス公爵家から花嫁変更に対する返事が来た。
お父様の予想通り公爵は結婚相手に強い希望はないらしく、四女のリアナでも問題ないとのことだった。
思った以上に緊張していたのか、知らせを受けた途端に足の力が抜けて床の上に座り込んだ。私はこの家の軟禁生活から、誰に咎められることなく逃亡するでもなく脱出することが出来るんだ。そのことに心底安堵して涙が出そうになった。
きっと私がこの家から逃げ出したい一心で名乗りを上げたのと同じように、公爵の方も若くて健康な生物学上の女なら誰でもいいと思ったのだろう。
お互い吟味している場合じゃない立場の者同士で、仲の良い夫婦になれるかどうかは分からないけれど、頑張ろう。
そして、あっという間に輿入れの日はやってきた。
馬車に最低限の荷物を積み、一人きりで乗り込む。使用人が渋々見送りに出て来てくれたけど、とうとうジュリエットお姉さまとエリザお姉さまとお会いすることはなかった。お父様は、娘の嫁入りなんてないかのように仕事の商談に朝から出掛けられた。いたら色々小言を言われただろうから、見送りなんてなくてせいせいする。
心残りは、折角姉妹に転生したのに主人公に一度も会えなかったこと。きっと、オリヴィエお姉さまは、今もどこかの国で読者の心を楽しませる冒険を繰り広げているのだ。この先も、もう会うことは無いのだろう。
オリヴィエお姉さまの生家であること以外、何の思い入れもないエドワーズ伯爵家を後にして私はローレンス公爵のお城へ向かう。
ここからは小説にも書かれていない、私の物語――
『ずっと好きだった小説に転生したと思ったら虐げられた脇役だったので、自由を得るために戦略的結婚をします!』の始まりよ!
……と思っていたのに、実際は
『檻を飛び出した憐れな囚人は、新たな檻へ収監される』が始まりそうだった。
なんてこったいだわ。
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