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7 光の国リュミエール
プラントル国王の治めるリュミエールは、歴代の王の持つ力から『光の国』と言われている。
神から授かったと言われるそれは『魔を寄せ付けず闇を祓い光をもたらす』という人間の領域を大きく超えたものだった。
プラントル王は、その力で多くの人々を守るために自ら建国し、今日まで代を変わりながら平和を維持し続けている。
王の力のお陰でリュミエールには魔物が一匹も出ることはない。
魔物がいないというだけで、リュミエール人々の暮らしはとても豊かだった。
安全に穀物を育てることが出来るため、自警や魔物退治が必要なく、また魔物由来の飢餓や病気の恐れを抱かずに済むだけで、人間の作業能率と幸福度は格段に上がるのだ。
国民の性質も穏やかで、無益な争いを好まないため国内の犯罪率も低い。内乱や魔物の跋扈、飢えや病気の蔓延などと隣り合わせで戦いながら生活する他国民からは、移民を希望する声も多い。
そんなリュミエールを治めるプラントル国王の光の盾と呼ばれているのが、ローレンス公爵家だ。
初代ローレンス公爵は、プラントル国王と共に国の礎を築き上げた功績者だと言われている。
公爵も国王と同じく神より特別な力を授かっており、やはりその力を国と国民のために使うべきだとプラントルの下についた。
プラントルの力で国に光を与え、ローレンスは四方から忍び寄る影から国王を守る光の盾となった。
「ローレンス家の、光の盾の役割は、国民の抱く負の感情が王に歯向かう火種とならぬよう、この身に集めることです」
「負の感情を集める……?」
約束した通りにセバスチャンが迎えに来てくれて、私はヴェール様に光の盾公爵の話を一から聞かせてもらえることになった。
リュミエールが光の国と言われていること、プラントル国王に特別な力があることは、伯爵家で読んだ本に記されていたので大体は既に知っていた。
けれど初代ローレンス公爵については、共に建国した親友であり、国を守っていく上での盾となることを了承した。としか書かれていなかった。
「どれだけ平和で安全な国でも、全国民が何の不満も持たずに暮らすことは出来ないことを初代は分かっていたのです」
それは分かる。どれだけ素晴らしく豊かな国だって、不満がないなんてありえない。あるとするならそこは天国か、不満を持つことすら許されぬほどに統制された地獄だ。
「初代ローレンス公爵が神から賜った特別な力は、感情の集約と浄化です。私は国民の抱く負の感情をこの身体に集め、定期的に浄化します。これによってリュミエールの民は、常に精神が安定し日常への不満を持たなくなるのは勿論、争いや暴力を好まなくなるのです」
淡々と説明されるものの、理解が追いつかなくて中々言葉が出てこない。光の盾とは何度も聞いていたけれど、その役割があまりにも想像からかけ離れている。
国の光を守るために裏で悪者を退治しているのではなく、そもそも悪いことが起こらないように国民の感情をコントロールしているということ?
負の感情と言われてすぐに思い出せるのは、怒りや悲しみ憎しみ、怠惰、行き過ぎた欲だ。そういうものを、この国の国民は知らず知らずのうちにローレンス公爵によって吸い取られて、無かったことにされている?
「……ずっと不思議だったんです。この目のせいで、実家では長く幽閉されて冷遇されてはいましたが、暴力を奮われたことや、命の危険を感じたことはありませんでした。長女のオリヴィエお姉さまが家を飛び出した時に家庭が崩壊しなかったのも……もしかして全部……」
「エドワーズ伯爵が元々お優しい方であるとは存じますが、旦那様のお力が関係している可能性は、勿論あります」
ヴェール様の背後に立ち、黙って話を聞いていたセバスチャンが初めて口を開いてそう説明してくれる。私は頷きながらも、その力がどの程度のものなのかまだ疑問に思っていた。
負の感情を集めると言っても、感情自体は目に見えない。暴力はなかったけれど、幽閉も冷遇もあった。本当に負の感情を集約しているのなら、そんなこと自体起こらないんじゃないかと思ってしまう。
王のように魔を寄せ付けないなどとハッキリしたものではないため、本当に集められているのか、どの程度集められているのか、集めた場合と集めなかった場合の違いなんかの判断はしにくそう。
「疑っておられますか?」
セバスチャンに聞かれてギョッとして、思わず身じろいでしまった。この執事は、人の微細な表情の変化や眉の動かし方一つで何でも読み取ってしまうらしい。まずいまずい。
「いいえとんでもございません。リュミエール建国以来、ローレンス公爵家の地位が揺らぐことなくあり続けているということは、その力に嘘がないためだと思います。ただ一方で、負の感情を集約する、という力に対してあまり理解出来ていないのも事実です」
これが今の私の素直な感想だ。力は本当。だけど、実際に光の盾として力を行使するヴェール様の姿を見ないといまいち理解出来ないのも本当。
それにまだ一言も説明してもらえていない、大事な部分が存在する。
「お力を使うのは、相当お辛いことなのではないでしょうか」
どうやっているのかは分からないけれど、負の感情を集めるなんて絶対に気持ちのいい行為じゃない。副作用的なものが何もないのなら、ヴェール様が結婚に対してここまで構える必要なんてどこにもないはず。
ヴェール様は自分は呪われているし気も狂っていると言った。それが光の盾の力と関係しないわけがない。
何を言われても動じないように覚悟を決めて、ヴェール様の目を真っ直ぐに見据えた。
「……その通りです。浄化作業はいつになっても慣れることはありません」
ヴェール様が腿の上に置いた拳を強く握り締めるのが見えて、同じくらい胸が締め付けられる。きっと慣れるなんてものじゃない。
「私は、あまり才がないようなのです」
「……それは」
「ローレンス家の力は感情の集約と浄化と言いましたが、私は感情を受け入れる器が小さく浄化も苦手なんです。訓練でどうにかなるものでもなくて……恐らく寿命も歴代より短いと思われますので、その分早く世継ぎを育てなければと思っています」
淡々と説明してくれているけれど握り込まれた拳はずっと白いままで、ヴェール様の緊張がこちらにダイレクトに伝わってくる。
ローレンス家に引き継がれる力と、副作用的な呪いに寿命の短さ。私がヴェール様との間に子供を産めば、当然その子も辛い思いをすることになる。
そのことを、どれだけの覚悟を持って話してくれたのかと思うと涙が溢れて零れそうで、私は私は重ねた自分の手に思い切り爪を立てて我慢する。だけどもう目に涙の膜が張る程で、セバスチャンだけでなくヴェール様にも私が泣きそうなのはバレている。
「リアナ、私との子供を産んでくれますか」
なんて重い言葉だろう。国中の負の感情を一身に集め、浄化を行うことになり、寿命も短いことが決まっている。
国の平和のために、我が子を捧げる……。ヴェール様と同じ苦しみと、責任と重圧を背負わせる。
「本来、奥方になられる方に事前にここまで説明することはありません。旦那様のお母様も、何も知らないままヴェール様をお産みになられました」
答えられずにいると、セバスチャンが言った。
「その後、ローレンス家の秘密を知った母は私の運命に耐えられず、私を愛することをやめました」
酷い……でも何も知らずに結婚して、子供を産んだ後に聞かされたら、心が壊れてしまうのも分からなくはない。
「私は、私の子を産む母になる人に、逃げてもらいたくはないんです」
ああ、そういうことだったのね。
この人が、何度も何度も用心深く婚約者を試しては逃げ道を用意していた理由が、やっと分かった。
話を聞いたら戻れないと言っていたのに、それでもまだ、私に選択権を与えてくれる。それは私のためであり、将来生まれて来る自分の子供のためなんだ。なんて悲しくて優しい人なの。
何の覚悟も決まってない。子供を犠牲にしていいのかどうか、正直分からない。だけど今はこの人を、ヴェール様をこれ以上一人にはしておけない。
「ヴェール様、私は逃げません。あなたも、あなたとの子も、同じように愛します」
席を立ちヴェール様の前に膝をついて、硬く握られた手に自分の手を重ねる。
私もヴェール様も同じくらい緊張していて、お互い手が冷え切っていた。そのことが少しだけ恥ずかしくて、嬉しかった。
見上げるように顔を上げると、ヴェール様は泣きそうな顔で私を見ていて一度は引いた涙腺が一気に緩んでしまう。
「ありがとう……リアナ」
この時私は、ヴェール様のこと、光の盾公爵のことを少しは理解できたと思っていた。
けれどそれは大きな間違いで、私はまだ彼のこともこの家のことも、何も知らなかったのだ。
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