ティータイムは星の花を添えて

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【2.意外な繋がり】  図書館は学園の中で一番好きな場所だ。晴れの日も風が強い日も、館内は静かで心地よい空調に保たれていた。だからわざわざ窓の外を見たりでもしないと天気の急変には気づかない。  慌てて飛び出したエントランス、その下から天を仰ぎユールは溜息をついた。日課の午睡から気持ちよく目覚めたところまではよかったのだが。さめざめと涙をこぼす空から視線を外し仕方なく館内に引き返す。  さて、どうするか。幸い暇つぶしには事欠かない施設だ、雨宿りもさして苦ではないだろう。問題は閉館までにやむかどうか。 「どうした、忘れ物か?」  声をかけてきたのはクラスメイトのケニーだった。読書とは全く縁のない彼が何冊も本を抱える姿に思わず目を疑った。が、その左腕に〝図書〟と記された腕章を見つけて合点がいった。こいつ真面目に仕事をこなすんだなぁとひっそり考えたことはひみつだ。  ともかくユールが親指で外を示し「雨」とこぼすと「うわ、」と驚き顔が返ってきた。天気に気づいてなかった仲間がいた。 「ケニー、それいつ終わる? 待ってていい?」 「は、なんで」 「傘忘れた」 「濡れて帰れよ」 「水も滴るユールくんって? ますますキャーキャー言われちゃうな」 「あの、すみません!」  割って入った声に振り返るとカウンター前に女の子が立っていた。目があった彼女は、本来ならば図書係が待機しているであろう正面に向かって滑らせるように本を押し出した。あっとケニーが持ち場に戻る。 「きみ、この間の!」  ユールが指差すと少女はちらと視線をよこした。目があったのは一瞬だけですぐに貸し出し作業を見守る体勢に戻ってしまう。だがつぶらなオリーブグリーンの瞳といい、ふわふわのストロベリーブロンドといい、社会学の棚で会った少女に間違いない。  のんびりカウンターに向かったユールもとりあえずケニーを見守る。彼は大きな台帳を開き、今日の日付や持ちこまれた本のタイトルを書きつけていった。『花と湖の街ティエルスト』に『ティエル湖の今昔』……どうやら街の歴史や地理に興味があるらしい。  ケニーが最後の一冊を取り上げた。その表紙にユールの目は引き寄せられた。 「あ、『竜と導きの花』。そういえばこの間も昔話の本持ってたよね」  隣から覗きこむが返事はない。少女は食い入るようにケニーの手元を見つめている。こちらには見向きもしないので、ユールは観察も兼ねて彼女に視線を送った。  長い睫毛に薔薇色の頬、桜色の小さな唇。ふんわりかかる横髪は細くて(つや)やかで、思わず触れてみたくなる。  ふと彼女の胸元を彩るリボンに目が留まった。色はひとつ下の学年を表す赤。道理で見覚えがないはずだ。  納得したところでユールは「ねえ」と声をかけた。 「今ちょっといい? きみに見てもらいたいものがあってさ」 「……忙しいので」 「別に怪しいやつじゃないよ。ほら、この間本取ってあげたじゃん」  手を上に伸ばして本を取る仕草をしてみせる。向こうからは相変わらず短い一瞥(いちべつ)だけ。ハイとかイイエとか何か答えてくれれば、もしくは頷くなどの反応でもあればこちらもそれなりに対応できるのに。彼女の瞳には相変わらず不審の色が居座り、警戒されているのは火を見るより明らかだ。 「ふーん、雨が降るわけだねぇユールくん」  貸し出し処理の済んだ本を手渡しながらケニーがにやにや笑った。 「『ボク怪しくないよ』って、怪しいやつこそ使う常套句だろ」 「なんだよ。オレは本当に」 「うんうん、そこまでゲスいことはしないよな。それなら保証してやってもいいけど? こいつさ、見るからに遊び人だけどこれで案外いいやつだから。安心していいよ」  ケニーは前半をユールに、後半は少女に向けて口を開いた。全くフォローになってないどころかかなり面白がられている。余計なお世話だ。  茶化すな。邪魔するな。そんな意味をこめて睨み返し、ユールはあらためて少女に振り向いた。――そのつもりだった。今の今まで隣にあったはずの姿はすでになく、背中はどんどん小さくなっていく。 「あっ待って待って、ええと」  さっと前に回りこむと少女はびくりと肩を震わせた。本をぎゅっと抱えこみ固まった姿はどう見ても天敵に見つかった小動物だ。おかしい、決して怯えさせたいわけじゃないのに。  ユールはポケットから取り出した小物を少女に差し出した。 「これに見覚えない?」  できるだけ優しく聞こえるよう気を遣った甲斐があったかどうか――現れた銀のヘアピンに少女はあっと小さな声をあげた。その顔を見てユールはほっと安堵の息をついた。 「よかった。多分きみのじゃないかなって思ってたんだ」 「どこにあったんですか?」 「社会学の通路。きみと会ったあそこだよ」 「ああ……」  上階の、書架がある方角に見当をつけてユールが指差すと少女は得心顔になった。それから戻ってきたヘアピンに目を落とす。 「もう諦めようと思ってたんです。思いつくところ全部探したけど見つからなかったから」 「あ、ごめん。オレが持ち歩いてたせいだ」 「でも、私を探してくれてたからですよね?」 「まあそうだね」 「だったら仕方ないと思います」  ありがとうございました、と丁寧にお辞儀をされた。態度も言葉も先日のものとは違っていた。顔つきからはすっかり険が取れ、唇はわずかに弧を描く。これにはユールの口許もついむずむずしてくる。  少女が再び訝しむように小首を傾げた。 「なんですか?」 「やっとちゃんと喋ってくれたなぁって。オレのことめちゃくちゃ警戒してるんだもん」 「えっ」  少女の頬にぱっと朱が差した。わかりやすく色の変わった面持ちにユールが失笑すると少女はますます顔を赤らめ、「だって!」と口を開いた。 「なんだか慣れてる感じがして……」 「慣れてる、何が?」 「な、ナンパな人は苦手なんです!」 「はっきり言うね」  あははと声をあげてから、ここが図書館だったことを思い出して口を押さえる。少女は唇を引き結んで睨んできたが、ユールは澄ました顔で髪を掻き上げた。 「誰でも声をかけるわけじゃないよ。まあ確かに、仲良くなれたらいいなとは思ってたけど」 「ほら……」 「理由があるんだよ。笑わないで聞いてくれる?」
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