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さりげなく距離を詰める。ユールはないしょ話でもするように声を潜めた。
「オレ、甘いものが好きなんだ。ケーキとかそういうの。毎日カフェに行きたいくらい」
「カフェ」
「そう。でもカフェってさ、男友だち誘っても大概断られるんだよね。女の子の方が付き合ってくれる子が多いかな。美味しいもの食べて楽しい時間が過ごせたらお互いプラスだと思わない?」
「それは……でも」
「マルガ、おそーい!」
明るい声が割りこんだ。振り向いた少女につられてユールも視線を投げる。駆けてくる影を捉えたと同時に声の主が少女に突進し、一瞬で視界からふたりの姿が消えた。床に目を落とせば尻餅をついた少女の上に今駆けてきた女の子が覆いかぶさっている。
「もうっターニャ! 図書館で走らないで!」
「あははごめーん。止まんなかった」
「……ターニャちゃん?」
「あれっ先輩だぁこんにちは!」
おそるおそる声をかけると彼女が破顔した。相変わらず元気いっぱいだ。
半身を起こしたターニャは少女の脇でふたりを見比べていたが、やがて無邪気に首を傾げた。
「マルガと先輩、お友だちだったの?」
「ターニャったらどこをどう見たらそうなるの」
「お喋りしてるんだもん」
「それは私の台詞よ」
「そうだよターニャちゃん。友だちだったんだね」
ユールがふたりを交互に指すと、
「おんなじクラスです! ねー、マルガ」
ターニャの笑顔が弾けた。少女は困った様相を見せながらも否定はしない。
なるほどねとユールは口角を吊り上げる。
「じゃ、これからみんなでお茶しない? ターニャちゃんと、マルガちゃんとオレで」
屈んで目線を合わせた。名を呼ばれたマルガはぴくりと小さく反応したが特に不快に感じたわけではなさそうだ。
「先輩、今から? どこで?」
「今日はお試しだから、そうだな……。学内のカフェがいいかな」
「……お試しですか?」
「そうそう」
一緒に食事をするなら味覚の好みが同じで気も合う子がいいと思っている。でないとせっかく美味しいものを食べても感動が半減してしまうから。まずはお互いを知り、楽しい時間が過ごせそうだと確信が持ててからあらためて誘いたい。
「っていうのがオレの持論なんだよね」
「はあ……」
「共感できなかったら断ってくれていいよ」
にこっと微笑みかけるとマルガは「言ってることはわかりますけど……」と眉根を寄せた。ユールは笑みを深くする。経験則から言ってこの顔は異論なしだ。
「お、いつの間にか両手に花じゃん。やっぱユールはユールだったか」
通りかかったケニーが意味ありげに含み笑いをする。
「どういう意味だよ。オレをなんだと思ってるの」
「このティエルストを治めるドレーゲル一族のご子息、チャラリッド・ドレーゲルくんとはきみのことだ」
「おい名前」
初めて言われたぞと顔を顰めてみせれば彼はあははと白い歯を見せ去っていった。
「ドレーゲル……?」
ぽつりと耳朶を打ったのはマルガの声だった。訝しげな顔つきの彼女と目が合い、ユールは肩を竦めた。
「治めてたのはじいさんまでね。うちはとっくに相続権がないドレーゲル」
「そうぞくけん……」
「見ての通りだよ。ほら、星竜の目じゃないでしょ」
ユールは自身の目許を指す。光の加減で青や緑に見える瞳は今なら本来の灰色に見えているはずだ。
「藍色だったら後継者、別の色ならサヨウナラ。素質とか関係なく、生まれた瞬間勝手に振り分けられちゃうんだよ。ま、それでみんなが納得できるんならいいんじゃないかな。オレも異存ないから」
「ユール先輩優しいし、頭よくてカッコよくて、あたし大好きですよ! だから元気出してね」
「ありがとう。ターニャちゃんも優しいね」
「えへへ」
ふにゃと綻んだ顔にユールは目を細める。可愛い。恋愛対象にはならないが妹にしたい感じだ。猫可愛がりする自信がある。
それじゃあそろそろと腰を上げたところで、
「私、行きません」
硬い声音が耳に届いた。マルガがすっくと立ち上がる。
「え、マルガちゃんなんで」
「マルガも行こうよう」
「行きません! だって無責任だわ!」
一瞬何を言われたのかわからなかった。ユールの理解が追いつく前に彼女は踵を返し、そのままエントランスを駆け抜けた。
「あっマルガ待って!」
ターニャが追いかける。ユールが呆気にとられている間にふたりは雨の向こうへと消えた。
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