ヤサカとチハヤ

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 ぼくは君の友達になれるかなぁ。  チハヤが問いかけると、ヤサカはひどくつまらない話を聞いてしまった、というように不機嫌な顔を見せた。  チハヤは「どうしたの?」と小首をかしげて大きな石に座ったままだ。不機嫌さをあらわにして見せたというのに、チハヤは臆する様子をみじんも見せない。 「なれないよ。なれるわけない。俺は鬼でお前は人間で、その上俺はお前のことが嫌いだからな」  ヤサカは鬼の子どもだ。もとより険しく迫力のある眼を、さらに鋭くさせて睨む。 「ぼくはヤサカのこと、好きだよ。だから友達になりたいんだ」  もう一方の人間の子どものほうは、チハヤといった。けれどヤサカは一度もチハヤの名前を呼んでくれたことがない。友達になったら読んでもらえるだろうかと、チハヤは期待に満ちたまなざしをヤサカに向ける。 「俺は嫌いだから友達になりたくない。そもそも、人と鬼は友達にならないものだ」 「それは、どうして?」 「人と鬼は違うものだからだ。肌が違う、爪が違う、力も違うし心も違う」  見目が異なることは理解していたけれど、心が違うというのはチハヤにはいまいちぴんとこない。  ごぉぉん、と村の寺の鐘の音が聞こえてきて、もう帰らねばならない時間だとチハヤは立ち上がった。  もう帰るのか、と思わず口をついて出かけ、ヤサカは慌てて己の口を覆った。違う。チハヤが帰ってしまうのが惜しいというわけではない。夕暮れよりもずいぶん早いこの時分に帰らなくてはいけないというのを奇妙に思うだけだ。 「……お前、また怪我をしているのか」  着物の裾から覗く足に痣とも傷ともつかない痕を見つけてヤサカは怪訝に思う。 「ここに来るまでに木の枝に引っ掛けちゃって」  えへへと笑うチハヤの笑顔を読むのはヤサカには難しい。何にも考えていないように思えるほどに、その笑顔は能天気で平和なものだった。 「また来るね」  とチハヤが手を振る。 「もう来るな」  とヤサカは手を振る。追い払う方向に。  けれどチハヤは(いら)えがあるのが嬉しいらしく、なお強く手を振った。 「またね、ヤサカ!」
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