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初めて会った時も、チハヤは怪我をしていた。
あの時はきのこを取りに山に来て迷ってしまったのだということだった。きのこごときで命を危険にさらすかこの馬鹿な人間の子どもは、とヤサカはひどく呆れたものだった。
しかも妙に人懐っこく、鬼を目の前にしているというのに怯えることもない。
頭に生えた角が恐ろしくはないのか。口もとからのぞく牙が気味悪くはないのか。肌は血を浴びたように赤いというのに、怖くはないのか。
そんなことを問いかける気も失せるほど、チハヤはごく普通に――むしろこちらが逃れたくなるほどまっすぐに信頼を向けて接してきた。
変な奴だ、とヤサカは思ったし、厄介なのに捕まった、とのちに思った。
代わりに採ってやったからとっとと持って人の村に変えれ、と籠いっぱいにきのこを持たせて返したのが、親切ゆえだと受け取られてしまったらしい。
ヤサカは優しい、とチハヤは懐いてしょっちゅう通うようになってしまった。
鬱陶しいことこの上ない。
今日も村に向けてかけていくチハヤの背を山の中から遠見して、ため息を吐く。
人と鬼とは本来生きる場所を交えぬものだ。頻繁に会うのは双方にとって喜ばしいことではない。
子鬼である自分が知っているのだから、人の世界の子どもだってそれくらいは知っているだろう。人にとっては自分たちが脅かされる側なのだから、警戒心は強いはずだ。
それでも、チハヤはヤサカのもとにやってくる。きのこのお礼、などと言って木彫りの人形やら庭の柿の実などを寄越してくる。
来る度いつもどこかしら怪我をしているので、初めて会った時に負っていた怪我は道に惑っていたためにできたものではないと悟ってしまった。
「来るなと言うのに」
知ってしまえば気にかかる。
チハヤの見目は鬼の自分とは違う。けれどヤサカの知る他の人間たちとも、チハヤの外見は異なっている。
黒目黒髪ばかりの村人たちの中、チハヤだけが太陽のような黄金の色をその身に纏っている。
金の髪に碧の瞳のチハヤは、その見目ゆえに、人の中にもうまく属せずに生きているようだった。
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