1.あんこ008

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1.あんこ008

 ああ。まただ。  減っている。  リストと画面を見比べ、俺は唇を歪める。  なんでなんだ? 俺のなにが悪いんだ? いや、そもそも誰だろう。俺のフォローを外したのは。  昨日までは確かに101人いた。でも今日は100人。 ──きりがよくなっていいじゃない?  そう言うのは鳥籠の中からこちらを見るセキセイインコのあんこだ。俺はあんこに向かって下唇を突き出してみせた。 「そういうんじゃないんだよ。ひとり減ったってことは、俺を嫌だと思った人がいたってことだろ? 俺はなにか嫌われることをしたのかもしれない」 ──仮にそうだとしても別に良くない? あんたが悪意を持ってその誰かさんを傷つけようとした結果、あなたの顔なんて見たくないわ〜ってその誰かさんに去られたなら、あんたもっと反省なさいよ、とも言いたいけど、そうじゃないでしょ? なんかよくわかんないけど外されたんでしょ? それはもうテツがどうこうじゃなくて相手の気持ちの問題でしょ? 「いやいや! だって気になるだろ。どんな気持ちでわざわざ外すんだよ。なにか俺に落ち度があったからとしか思えないだろ」  まくしたてるとあんこはくちばしを歪めた。 ──それはあんたの論理でしょ? 単に情報整理したいってだけかもしれないでしょ? それぞれ生活があるんだから。それをあんた……毎日毎日、今日のフォロワーチェックって……。キモいわ! その時間もっと有意義に使えばいいのに。 「うるさいな! 俺にとっては大事なんだよ!」  そうだ。俺にとってフォロワーは家族も同然だ。俺は悩んでいるフォロワーさんには全力で走り寄って肩を抱いて(もちろんリアルにではないけど)励ましてきたし、泣いているフォロワーさんの涙だって拭って(もちろんこれもエアーだけども)いつだって頑張ってきたのだ。その家族に俺がなぜ、嫌われるのか。それを知っておかないと俺は一歩も前に進めない。  昨日の段階で印刷しておいたフォロワーリストと画面を見比べ、俺は俺のフォローを解除した一人を特定する。  ハンナ。  ハンナだ。 「なぜだ! ハンナ! 失恋したってエグエグ泣いてたとき、あんなにも話聞いてあげたのに! 絶対新しい恋できるよ、見る目ない彼氏のことなんて忘れて笑ってって親身に言ってやったのに! それをなぜだ! ハンナ!」 ──その押しつけがキモかったんじゃない? そもそもさ、フラれた直後の人に、さっさと忘れた方がいいよ、なんて言ったってそんな簡単にどうにかなるものでもないじゃん。そういうときは黙って話をひたすら聞いてやる方がいいんじゃないの? 「そう思うならなんでそのときそう忠告してくれないんだ! あんこ!」 ──あんたフォロワーさんに向き合ってるとき、私の存在消すじゃない。くちばしはさむことなんてできるわけないわよ。  すねたような声を聞き、俺はちょっとだけあんこに申し訳なさを覚える。 「ごめん。そういうつもりじゃ」 ──どうでもいいけど。ってか、またあれやるの?  やれやれ、と言いたげにあんこが羽を上下させる。俺は神妙に頷いてパソコンに向き直る。 ──ねえ、それ本当にキモいよ。いいじゃない。来るものは拒まず、去る者は追わずで。去って行った者を追いかけ回しても答えなんて見つからないよ? この間もようやく聞き出した理由が、『偽善者っぽくて話しててキモい』であんた、ショック過ぎて熱出したじゃない。自分が嫌われた理由を知ったってしんどいだけだってば。 「知らなきゃ完全体になれないだろ」  俺は新規登録ボタンを押しつつ、あんこを横目で見る。あんこは頓狂な声で言った。 ──もう好きになさい。どうせ私の声なんて環境音くらいにしか思ってないんだから。  ぷい、と背中を向けたあんこに寂しさを覚えた。けれど俺の手は止まらなかった。  ID名とパスワードを設定してください、と促す画面に向かい、俺は迷いなく入力する。  あんこ008。  俺は今日から八人目のあんこに化ける。
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