2.優しさ至上主義

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2.優しさ至上主義

 昔から良い人、と言われる人間だった。俺自身、それが俺の個性だと思っていたし、良い人と言われることに不快感なんて微塵も抱いたことがなかった。  だってそうだろう? 悪い人と言われるよりも良い人の方がいいに決まっている。上司だって反発ばっかりする部下よりも穏やかにそつなく仕事をこなせる部下のほうが扱いやすい。誰にとっても良い人は害にはならない。  だから俺は学生時代も社会人になってからも良い人を貫き続けた。友人が酔っぱらって駐輪場の自転車をドミノ倒ししようとするのだって全力で止めたし、飼い犬を探して泣きながら町を歩いている女の子の手を引いて一緒に犬を探して歩いた。  別に不自然なことじゃない。俺は良いことをしている。褒められるべきことをし続けている。それは俺の中で確かな自信となり、良い人、は俺の核となり俺を作り続けているし、周りも良い人の俺を愛してくれている。  愛されている俺。  それは俺自身の輪郭をくっきりと濃くしてくれていた。  SNSを知るまでは。 「え、哲也さん、フォトスタもやってないんすか? ってかSNS全然やってないって今時化石っすね」  職場の後輩からのそんな軽い揶揄が俺の生活を変えた。  良い人であり続けるためには、皆と同じ視点を持っていなければならない。そうでなければ皆が望む思考ができない。  俺はすぐさまフォトスタのアカウントを取得した。が、正直、なにを投稿してよいかもわからない。写真とテキスト、どちらも投稿できるフォトスタの海に放り込まれ、俺は途方に暮れた。自慢ではないが、人が望むことを口にすることはできても、自分からなにかを発信したいと思ったことがなかったからだ。  さんざん悩んだ俺が思いついたのは、友人に押し付けられたセキセイインコあんこの写真をアップする、ということだった。  フォトスタでの俺のアカウント名は、テツ。本名が哲也だからという安直なものだが、そのテツのアカウントで俺はあんこの写真を投稿し始めた。  反応は、イマイチだった。けれど何人かからいいねやコメントがつくようになった。 ID:ナム 『インコちゃん、ですよね? 可愛い。お名前あったりしますか?』 ID:テツ 『いんこです』 ID:オージン 『おお! そのままずばりいんこですか? それはなかなか潔い……』 ID:テツ 『いえ、友人から託された子で、この名前つけたのはその友人で……。名前、変えようかとも思ったのですが、まあ、いんこもこの呼び名に慣れてしまっているようで』 ID:ナム 『ああ〜! お友達からのプレゼントですか!』 ID:テツ 『まあ。ペット不可だったのに勝手に飼ってて大家さんに怒られたとかで。昔からあるんです。こういうの。よく動物預けられますし、押し付けられますし』 ID:白湯 『へえ〜……優しいですね』  投稿写真が呼び水となり、俺には何人かのフォロワーがついた。そうして皆とやり取りするようになって俺は気づいた。  確かに皆の話題の中心になろうとするならば、写真は必須だ。だが、俺の目指す良い人でいるならば、写真はいらない。むしろこの俺の持つ「優しさ」さえあれば、俺は受け入れられる。  そう気づいてから俺はフォトスタの中で積極的にいいねやコメントを残すようになった。  フォローも積極的にした。その結果、フォローを返してくれる人も増え始め、俺はフォトスタに居場所を確保した。  楽しかった。フォロワーが写真を投稿すれば、その写真を見て感想を伝えた。フォロワーが喜ぶような文言を考え、真っ先にコメントした。 『テツさんのいいねは愛に溢れてる!』 『テツさんは安定の優しさがあるから話してて安心』  もらえる言葉が嬉しくてたまらなかった。  だが、そうしてSNSにどっぷりとつかるようになって二か月が経った頃。変化が訪れた。
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