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4.あんこは
ハンナに連日コメントし、いいねを送り続けた。そろそろだった。
『最近、テツさん、投稿してないですね』
ハンナは返信してこない。はやる気持ちを押さえつつ、俺は無邪気を装って問いを重ねた。
『ハンナさんもテツさんフォローされてましたよね? 私、テツさん経由でハンナさん知って。でも最近、テツさん全然、姿見えなくて。どうしたのかな〜って』
やっぱり返信はない。まあ、それぞれ仕事や家事の隙間を縫って投稿しているのだ。こういうことはよくある。そう思ってデスクの前から立ち上がろうとしたときだった。
ぽっと光が灯った。それは、公の場ではなく、個人間だけでコメントを交わすことができるダイレクトコメントが届いた通知だった。
初めて、もらった。
驚きながらも喜びつつ、クリックすると、ハンナだった。
『ハンナです。突然メールしてごめんなさい。どうしても話しておきたいことがあって。テツさんのことです』
ついに来た。どきどきしながら俺は椅子に座り直す。
『私、少し前にテツさんのフォロー外したんです。外すまでしなくてもいいかな、とも思ったんですけど、やっぱり少し、怖いなと思ったので。……で、あんこさんも気を付けたほうがいいかなって思ったので』
『怖い……ってあの、どういうことですか?』
思ってもみない、怖い、というワードに手が震えた。言いよどむような間があった。急かしたい気持ちになったが俺はマウスを握る手に力を込めることでこらえた。
『テツさんって優しいし、寄り添って話を聞いてくれるし、私は良い人だって思ったんです。確かに少し、変わったところはある人だとは思いましたけど、個性だって思うし。ただ』
迷うように言葉が途切れる。小刻みに膝が震えるのを感じながら俺は待った。
『テツさんってナンパ目的でSNSやってるって噂、聞いて。なんか優しい言葉かけてリアルでも会おうとする、とか。確かにちょっと距離の取り方が近すぎるっていう感じ、したし』
俺はそんなことはしてないし考えてもいない。言い返しそうになってぎりぎりでこらえる。ハンナは俺の動揺などつゆ知らず、語り続ける。
『言われてみて思ったんです。確かにそうかもって。だって……テツさん、最初の数枚以外、インコちゃんの写真アップしなくなったもの』
『それが……どうしてナンパに繋がるんですか?』
『なんていうか……写真を見てもらうのが目的じゃなくて、写真に集まってきた人と出会うのが目的だったから、関係ができればもう写真はいらないって思ったんじゃないかって』
言われてぎくり、とする。ナンパ目的じゃないが確かに……俺はそう思った。
『そもそも、あの写真だっておかしいなって思うんです、だって』
ぴいい、とあんこが背後でそのとき、泣いた。
『あれ、よくできてますけど、木彫りのインコですよね。テツさんは生きてるみたいに扱ってたけど、どうみてもただの人形、ですよね。物に感情移入することってあってもいいとは思うんですけど、テツさんの場合、少し行き過ぎてる感じがなんか』
なにを、言っているのだろう。彼女はなにを。
『あんこは、生きてる』
気が付いたらそう、入力していた。自分はなにをしているんだ、と即座にぞっとした。ハンナが画面の向こうで固まったのもわかったけれどもう遅かった。
『テツさん、なんですか』
ハンナが問いかけてくる。それを無視して俺は画面を閉じた。そのまま震える手でアカウントを削除する。
あんこ008は、消えた。
──別に、あんたはおかしくなんてないよ、テツ。
背中から、聞き慣れたあんこの声が聞こえてくる。はっとして振り向くと、いつも通り、黄緑色の羽をぱさぱさしたあんこが……。
いや、違う。
つるりとした光沢のある木材でできた……木彫りのセキセイインコが、金属製の鳥籠の中、所在なげにちょこんと座っていた。
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