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だんだん近付いてくるその音に、反射的に耳がぴくりと動く。オイラはぴょんと狐像の陰に隠れた。
すると、見慣れた青年が鳥居をくぐってやってきた。
やっぱりスズだ!
気分が良いのか、今日はにこにこ顔だ。
キュッと上がった口角を見て、オイラも嬉しくなっちまう。
スズは小社の前で丁寧に二回おじぎをして、胸の前で合わせた両手をパンパンと大きく叩く。
あははっ。そんな大きな音を立てなくても、オイラには十分届いてるって。
スズのいじらしさに、毎度の事ながらクスッと笑っちまった。
――神さま、リントの傷を癒してくれてありがとう
清廉な雰囲気に包まれた神社に、ふわっと優しい風が通りすぎる。
稲荷神社は、この瞬間がいちばん輝くのだ。
祈りを終えたスズは最後に深々と一礼して、四十一の階段を駆け下りていった。
彼はこうして毎朝、自分じゃない誰かの幸せを願いに来る。
それはもう、何年も前から。まだ鼻水の垂れたガキだった頃からだろうか。
――おばあちゃんの病気が良くなりますように
初めは、たしかそんなお願いだった。
いつもお参りに来るばあさんがいたが、見かけないと思ったらどうやら具合が悪いらしい。代わりに来た孫が、スズだった。
不安そうで、今にも泣きそうで。礼も拍手も作法はめちゃくちゃだったが、念じる心はまっすぐで清らかだった。
こんな優しいニンゲンがまだいるんだなって、心打たれちまったな。
それに、しょっちゅう狐像を磨いたり供え物をしに来てくれるばあさんがオイラは大好きだったから、なんとかしてやりたくなったんだ。
だからオイラはニンゲンの子どもに化けて、家にこっそり忍び込んで、秘伝の薬草をばあさんに飲ませてやったのさ。
それから数日経ったある日、再びスズがやってきた。元気そうなばあさんも一緒だった。
――狐さま、おばあちゃんの病気を治してくれてありがとう
ほほう。ちゃんと報告に来るとは、ガキにしては偉い偉い。
ばあさんはスズの頭をよしよしと撫でる。その時スズの見せた、恥ずかしそうな照れくさそうな、口をもごもごさせたブサイクな笑顔は、オイラの宝物だ。
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