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あの日から、スズは毎日神社へ来るようになった。
決して自分のお願いはせず、いつも誰かを想っているスズを見守るのが、オイラの仕事だ。
――ノブくんの落し物が早く見つかりますように
そういえば山のふもとにノブって書かれた野球帽が転がっていたのを見たな。
落し物とは、きっとそれだろう。
安心しな。オイラが責任持って届けてやるから。
――ナギサちゃんの朝顔がキレイに咲きますように
ナギサってたしか、雨の日も欠かさず毎日熱心に水やりしているチビだろ?
まったく、水をあげすぎているからダメなんだよ。
仕方ない。オイラが満開の朝顔に化けてナギサをびっくりさせてやろう。
――おばあちゃんが自宅で最期を過ごせますように
そうか、ばあちゃん、先は長くないのか。
どうやら病院ってところにいるらしいが、オイラじゃ何もできないや。
――おばあちゃんへの手紙が無事に届きますように
それならお安い御用さ。オイラが配達のバイクよりも早く届けてやろう。
それにしてもニンゲンは羨ましいよ。遠くにいる仲間に思いを伝える手段があるなんて。
――神さま、おばあちゃんに安らかな最期をありがとう
良かったな。最期は住み慣れた家で、家族いっしょに過ごせたんだな。
オイラはなんにもしてないから感謝される義理はないが、嬉しいもんだ。
そんなふうに見守りながら、稲荷神社の春夏秋冬は何周も巡っていた。
いつしかスズは小汚い服を着なくなり、シワのないパリッとしたシャツなんかをまとうようになった。
おそらく思春期ってやつだ。お多感な時期で、とにかく周りからの視線が気になり始める頃だと聞いたことがある。
ってことは、そろそろ自分のための願い事をするんじゃないか?
わくわくした気持ちでスズを待つが、そんな予想は外れ、相変わらず他人の幸せを願っていた。
――ホソノさんとワダさんが仲直りできますように
――イシダくんの作品が展覧会に出品されますように
やっぱりスズらしいな。
見た目は日に日にニンゲンの大人に近付いていくけど、心は優しいままでいてくれて嬉しいよ。
健気に祈るスズを見ると、自然と穏やかで誇らしい気持ちになる。
ニンゲンのスズでも、こいつとなら仲良くできるんじゃないかと勘違いしそうになるくらいだ。
もうそういう時代じゃないのはわかってるけどさ。
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