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――リント、おはよう
「スズ、おはよう!」
祈りを合図に、オイラたちは顔を合わせる。
鳥居の前で待っててもいいけど、オイラはやっぱりスズが手を合わせる姿を見るのが好きなんだ。
スズは、相変わらず毎日来てくれる。リントに化けてからは、朝に加えて夕方も。夕方は、学校が終わったあとだから、朝より長くいてくれる。
オイラたちは一日でたくさんの話をした。
スズが生徒会に立候補しようか迷っていること、夢にばあちゃんが出てきて幸せそうにしてたこと、ささくれ山の金木犀が秋の香りを運んで来るようになったこと……
スズが笑っているのが嬉しい。
スズの笑い方は、いつも違う。ブサイクだったり、あやうげだったり、柔らかかったり、ピリッとしてたり。
見守っているだけでは知らなかったスズを、毎分のように発見するんだ。
でも、なんでオイラはリントなんだろう。
本当は、オイラの名前で呼んでほしい。
そんな気持ちが、ポツポツと地面に染み込む雨みたいに広がっていく。
そして皮肉にも、それは雨の日だった。
小社の屋根下で雨をしのぎ、いつものように落ち合っていた。
「ねぇリント、前に僕が伝えたかったことがあるって言ったでしょ?」
「……うん、あったね」
そりゃ少しは気になるけど、わくわくした気持ちにはなれない。
オイラではなくリントに伝えたかったメッセージなのだ。
それを、オイラが聞いてしまっていいのだろうか。
だめだ。だめに決まっている。
昔、スズが書いた手紙をばあちゃんの病院に届けた日のことを思い出す。
ばあちゃんは、その手紙をどんな気持ちで読んでいただろうか。
どれだけ時間をかけてゆっくり読んでいただろうか。
死んでしまった、今はもう会えない大事な人に宛てた思いを、化け狐なんかが受け止めちゃいけないんだ。
オイラがやっていることは、純粋なスズの気持ちを踏みにじる行為だったんだ――
ジメッとした雨は降り続く。
「スズごめん、俺その話、聞けない」
「え?」
スズはちょっと困り顔だ。
こんな時も可愛いと思ってしまうなんで、バカな狐はニンゲンと関わっちゃいけなかったんだ。
「あのさ、俺、本当は……リントじゃないんだ」
胸が痛い。
苦しい。
でも、スズの方がもっと苦しい。
またリントを失う苦しみに耐えなきゃいけないんだから。
「ずっと騙しててごめん」
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