胃に穴が開きそうなタヌキ。

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胃に穴が開きそうなタヌキ。

 本当に思いもよらないものだった。顔を見合わせる。再び揃って首を捻った。タヌキ? 今、タヌキって言った? 傍らで中島は扉が閉まっているか確認した。 「今なら大丈夫だと思うよ。注文した品は全部届いているから店員さんも来ないでしょ」  その言葉を聞いた山科は、一瞬にして煙に包まれた。うわっ、と咄嗟に腕で顔を覆う。煙はすぐに晴れた。その時、椅子にちょこんと腰掛けていたのは、紛れも無いタヌキだった。 「……マジ?」 「マジ」  中島が冷静に答える。どれほど現実離れした出来事でも起きてしまった以上それは現実だ。とは言え俄かには信じ難い。試しに綿貫の頬を摘まむと、何すんだ、殴り返して来た。ちゃんと痛い。夢じゃないのか。 「ご心配をおかけしてすみませんでした。真帆さんが豹変したわけではありません。最初から別人、いえ別タヌキだったのです」 「……山科ってタヌキだったの?」  混乱した綿貫がわけのわからないことを言う。違うだろ、と橋本がツッコみを入れた。 「タヌキが山科だったんだ。つまり、あれ、山科ってタヌキだったの?」  結局同じ結論に至っている。アホ、と中島が目を細めた。 「真帆は人間だよ。今、タヌキの香織さんがあの子に化けているの。そうして二人が入れ替わっているだけ」  どうでもいいけど香織さんって名前、可愛いな。それにしても。 「何で」  当然の疑問をぶつける。人とタヌキが入れ替わるなんて余程の理由が無いと起きえない。香織さんがタヌキの姿から山科へと戻った。煙が立ち込める。その煙も何なんですか。 「東西対抗第千三百七十六次お山大戦で負傷し道端に倒れていた私を、たまたま通りかかった真帆さんと結羽さんが助けて下さったのです。代わりに戦う、君の穴は私が埋める。真帆さんはそう宣言してくれました。そして彼女の日常は変化の術で化けた私が誤魔化す、と」 「出来んの? そんなこと」  素朴な疑問を抱く。 「姿だけでなく記憶ごと変化でコピーするので可能ですよ」 「すげぇな変化の術」 「高性能だなー」  口々に感心する。しかし女子二人の顔は浮かない。 「で、怪我の具合は大丈夫なの?」  そう問い掛けると香織さんは目を伏せた。 「とっくに完治はしているのです」 「え?」 「私の傷、もう二ヶ月も前に治りました」 「じゃあ、何で」  すると中島が巨大な溜息を吐いた。 「真帆がね、帰らないって」 「は?」 「山から降りない。私は此処で戦い続ける。勝手に住み着いた山小屋に引き籠って、そう言い張ったんだ」  何やってんだあの馬鹿は。呆れる一方、全然変わっていないことがわかって安堵した。 「おかげでずっと身代わりを務めているのですが、限界です。私の真帆さんの性格は全く違います。職場では彼女をトレースしていますが、ストレスで胃に穴が開きそうです」  山科の顔をした香織さんがお腹を押さえた。傷を癒すために入れ替わったのに、今度は胃に穴が開きそうとな。 「本末転倒だな」  橋本が呟いた。俺も深く頷く。 「だけど山科は大丈夫なのか? そんな、お山での戦いに挑んで」 「怪我をすることは無いと思いますよ。東側と西側の住人に分かれて行うただのサバゲーなので」  思わずずっこける。サバゲーかい。 「まあ昔は水場や狩場を巡って本気で戦っていたようですが、今は大レクリエーション大会みたいなものですね」 「あれ、でも香織さんは怪我をしたって」  今度は恥ずかしそうに俯いた。 「それは、私が崖に気付かず足を滑らせたからなのです」 「へぇ、意外とドジなんですね」  直球を投げ付けると両脇から殴られた。痛いがな。 「とにかく、私だけじゃ連れ戻せなかった。こうなりゃお三方、これも何かの縁だと思ってあのお馬鹿を連れ戻すの、手伝ってくれない?」  中島に頼まれて、勿論だ、と綿貫がすぐに引き受けた。対する橋本は、うーん、と眉を顰める。 「中島と山科って超仲良しだろ。その中島の説得を聞かないんじゃ俺達が行っても意味無くない?」  尤もな指摘だ。しかし中島は親指を立てた。 「最悪、ふん縛って連れ帰るから」 「あぁ、そのための要員ね。それなら役に立てるわな」 「じゃあまあ明日にでも連れ戻しに行くか。田中も綿貫も暇だろ」  橋本の言葉に、暇、と綿貫とハモる。ありがとうございます、と香織さんが深々と頭を下げた。助かるよ、と中島も手を合わせる。 「でも日曜なのに予定が無いのは君達三人、寂しいね」 「うっせ」
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