第5話

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第5話

「――レオン」  と殿下を壇上から呼ぶ声に、さっきまでの調子が嘘のようにおとなしくなったレオン殿下。 「ち、父上……」  陛下の登場に急に焦りだす殿下。  今までの態度は何なのでしょうか……。まるで叱られた子供のようです。 「レオン、お前という奴は……どこまで馬鹿なんだ。先程の言葉、しっかりと聞かせてもらったぞ。まさか、我が息子ながらここまで愚かだとは思わなかった」  と嘆く陛下。  会場の空気も一気に冷え込んだ。  誰も一言も発せず、ただひたすらに事の成り行きを見守っていた。  会場の全ての人が、陛下の次の言葉を待っている。 「まず、レオンとレイチェル嬢の婚約解消は、余も承認しておる。さらにレイチェル嬢とサラ嬢の婚約もな」 「女同士ですよ! 婚約なんてできるはずない!」 「先日ミュラー伯爵、陞爵したから今は侯爵じゃな。連絡があってのう。とある魔法が完成したとな」 「とある魔法……?」 「うむ……同性同士で子を成せる魔法じゃ」 「同性同士……」  そうなんです。私がお父様たちに頼んでいた魔法というのが、まさにそれ。  同性同士で子供を作れるようにする魔法です。  百合を広めるにあたって問題がありました。  そう、子供です。  貴族だったら自分の家の跡継ぎ、平民でも商会や働き手は必要となります。  政略結婚があるのもこういった背景があるからです。  それを解決できるのが、同性同士で子供をつくることです。  魔法の開発はお父様たちでも思ったよりも時間がかかったようで、つい先日やっと完成したんです。 「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!」  レオン殿下は壊れたように何度も同じ言葉を繰り返していますね。まあ、気持ちはわかりますけど。 「そんなの嘘だ!! だって俺はヒロインと結ばれる運命にあるんだから!!! こんなのありえない!!! 誰かが俺を嵌めようとしているに違いない!!! そうだ、きっとそうに決まっている!!! 今に見ていろよ。お前たちの思い通りにはさせないからな。この世界はゲームの世界とは違う。だから、俺たちは自由に生きていくことができるんだ。この世界の主役は俺たちなんだから。いいか、覚えてろよ。必ず後悔させてやる」 「……気でも触れたか……衛兵。こやつらをつまみ出せ」  陛下の一言によって会場からつまみ出されていく殿下一行。  ちなみに取り巻き連中は、殿下と同じように現実を直視できないものや、状況が理解できていないもの、真っ先に逃亡しようとしたものなど、いろいろな反応でしたが、みんな仲良く連行されて行きました。 「レイチェル様、やっぱり私……」 「駄目よ。あなたが私のそばを離れるなんて……許さないからね」 「……はいっ」  さっきまでの喧騒が嘘のように、既に二人の世界に入っていらっしゃる。  はぁ……やっぱり尊いわ。  私は、目の前の尊き光景を見ながら、そっと合掌した。  卒業パーティーは、ゲームとは全く違う結末を迎えましたが、私たちの物語がそこで終わるわけではありません。 「お義姉さま……」  と私を呼んだのは物語でヒロインだったサラ・ミュラー侯爵令嬢。  パーティーの時点で、彼女はミュラー侯爵家に養子に入っている。  レイチェル様と婚姻するにあたり、サラの身分が問題になった。彼女は男爵家の庶子だったから。  それを解決するためには、身分の釣り合う家に養子に入ることでした。  それに気づかないわけないじゃないですか。真っ先にお父様たちにお願いいたしました。  サラは物覚えもよく、瞬く間に上級貴族のマナーを習得していきました。  これがヒロインパワーってやつなんですね。 「……エマお義姉さま。あの……お茶、ご一緒にどうですか……」 「……この響き……ヤバすぎる」  私がヒロインに「お義姉さま」なんて呼ばれるなんて、生まれは私の方が早かったからそうなったけど……ああっ!もうっ!!この感じっ!!!萌えるっっっっっっ 「……尊すぎて、死ぬ……」 「えっ!? エマお義姉さま!?……」  これだけでご飯3杯くらい余裕で行ける自信があるわ。 「サーラ―ちゃーーーーーん!!!」 「きゃっ……!!」  とオリビアお姉様が部屋に入って来るや否や、サラに勢いよく抱き着いた。  なんて羨ましい……!!  「うーん……相変わらずかわいいわね~。やっぱり私のものにならない?」 「ダメです!!!!」  レイチェル×サラのカップリングは絶対です!たとえお姉様にだってそれは譲りませんわ。 「……申し訳、ございません……私は、レイチェル様のことが……」 「わかってるわよ。あなたたちのことがかわいいからつい、ね♪」 「それに、お姉様には既にいるでしょうに……」 「あら? 私が侯爵家当主になるのよ。他に愛人がいてもよくない?」 「オリビア様? そんなの私が許しませんよ」  いつの間にかこの場にいたルーナが、お姉様に詰め寄っている。 「え~……ダメ?」 「駄目です!!」 「あなたを一番かわいがるわよ。だから……ね」 と言うや否や、ルーナにキスをした。 「んぅっ……はむっ……」舌まで入れてる……。 「ふっ、ちゅっ、んくっ、ぷはっ!」 「なっななっ、何をなさるんですか!? オリビア様!!」 顔を真っ赤にしたルーナは、唇を手で抑えて、オリビアに抗議している。 「何って、愛を確かめあっただけだけど?」 「そ、そういうことを人前でしないでくださいっっ!!」  と涙目で抗議する。 「じゃあ、二人っきりならいいのね?」  と妖艶に微笑みながら聞く。 「だ、誰もそんなこと言っていませんっ!! もうっ!!」 と怒ったように言いながら、どこか嬉しそうにしている。「さて、おふざけはこのくらいにしておいてっと」 「おふざけだったんですか!?」 「冗談よ。ま、半分は本気だけど」  と言いながらウィンクをする。 「は、半分は本気ですか……」  と呆れたような顔で言った。 「二人ともそろそろ出かける時間じゃないの?」 「時間ですか? まだ少し余裕ありますけど……」  何故かオリビアお姉様の横でルーナが恥ずかしそうにモジモジとしている。  ……あー。なるほど。 「少し早いけど、行きましょうか。サラ」 「え、は、はい……」 「いってらっしゃ~い」 「お姉さまも。あまりやりすぎると嫌われるかもしれませんよ」 「うふふ。わかってるわよ」  私はサラを引き連れて部屋を後にすることに―― 「外でペットの散歩がしたいわ。ねぇ、ルーナ」  ――家にペットなんていないんだけどなぁ ◆◇◆◇◆ 「予定よりも早いわね?」 「まぁ、いろいろとありまして……」  主にオリビアお姉様に。 「私としてはサラと1秒でも一緒にいる時間が増えるから構わないわ」 「レ、レイチェル様……恥ずかしいです……」  フォンテーヌ侯爵家で開催されるお茶会には、学園でいつも一緒にいる皆さんが既にいらしていました。 「私たちのことはお構いなく」 「むしろもっと見せてくださいっ!」 「お菓子が進みますわぁ……」  みなさん、相変わらずですね……  お茶会はその後も和やかに進んでいった。 「皆様にお知らせがありますの」 「私たち、正式に婚約することになりました」  と友人のお二人が婚約するとこの場で発表がありました。  何でもレイチェル様とサラの様子を一緒に見るうちに意気投合したのだとか。  私?私には相手はいないわ。  だって私はモブ令嬢なんだもの。 「あの……エマ様」  と友人の一人の伯爵令嬢であるカーナ様が話しかけると、何かを手渡してきた。 「これ……」 「あの……この前の百合本見てから、二人のその後みたいな話考えて……でも私物語書くのとか難しくて、絵にしたらいいかな……って」  これ薄さ、間違いないわ。前世でいつも見てきた。 「同人誌じゃない!」 「ドウジンシ?」 「えっと、趣味で作った薄い本を売ったり買ったりする文化のことよ」  そういえば、こっちの世界に同人誌っていう言葉はまだないんだった。 「これは、エマ様にプレゼントします。もしよかったら読んでください」 「ありがとう!とても嬉しいわ。今度感想言いに行ってもいいかしら?」 「はい、是非っ!!」  やった!! 「あの、それと、私が考えた百合のシチュエーションがですね……」  こうして私の日常に、新たな楽しみが増えたのであった。  その後、私はカーナ様と親交を深め、同人誌は徐々に貴族平民問わず浸透していく。  そして念願の―― 「コミケだーーーーー!!!」 『エマ・ミュラー』  世界に「百合」の概念を浸透させた彼女は、百合好きの間では『女神』と呼ばれるようになるのを彼女は知らない。
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