行列

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行列

「死んだら化けて出てやるから」  そう言ったのがいけなかったのだろうか?  まさか本当に幽霊となってさまよう羽目になるとは思わなかった。  生きているころの私には霊感など全くなかったから、そんなものは見えなかったし、むしろオカルト的なものには否定的な立場だった。  でも、自分がそうなって初めてわかった。  幽霊はそこかしこにいる。  同じ立場になったからこそ見えるのだ。  俗に、この世に未練を残した人の魂は成仏できずに幽霊となる、などと言われるが、私もその一人ということなのだろう。と考えて一番に思い浮かんだのがやはりあの男の顔だ。死んだら化けて出てやると言ってしまったのもあいつの言葉が原因だったし。  だったら当然あの男のご機嫌を伺わないわけにはいかないだろう。  一応あいつも出会ったころは優しかったのだ。だから一緒に住むようになった。でもそこから日を追うごとに私の扱いが雑になっていった。マッチングアプリに書かれていたプロフィールも嘘ばかりだとわかった。ギャンブルはする、酒癖が悪い、女にだらしないと、三拍子そろったくず男だった。  ただ、そうと気づいたときには手遅れだった。そんな男に限って、どこかしら女を惹きつける香りがあるのだ。そのときすでに私はあの男にどっぶり浸りきっていた。  私に対して手こそあげなかったが、日々暴言は浴びせられた。 「うるせえ、ブス」「じゃまだどけ」「どっか行け」「ぶん殴るぞ」  こんなのはまだかわいいほうだ。 「くたばれ」「死ね」「殺すぞ」「殺っちまうぞ」  そのときの目は狂気に満ちていて、さすがに私も恐怖感を覚えた。だから少しでもそれを紛らわそうと冗談ぽく言ったのだ。 「死んだら化けて出てやるから」  でもあいつはくすりとも笑わず無表情のまま、 「お前も並ぶか?あ?」  と言った。意味がわからなかった。でも問い返せなかった。代わりに私は部屋を飛び出した。とにかくあいつと距離をとりたくて、あてもなく走った。そのせいで車に跳ねられたのだ。  つらつらとそんなことを思い出すうちに、あの男のアパートが見えてきた。結構な距離を歩いたはずだけど、ぜんぜん疲れないのは幽霊のいいところだ。  ちょうど部屋からあいつが出てくるところだった。さて、どうやって私の存在を知らしめてやろうかと意気込んだところで唖然となった。  階段から降りてくるあいつの後ろ。そこに10数人の女が行列をなしていたのだ。ぞろぞろと男のあとについていく。  遠ざかりつつあるその一行のあとを慌てて追った。最後尾の女に駆け寄ると、迷惑そうな顔でこちらを振り返った。 「なに?あんたもあの男に復讐したいの?だったら順番だから、ちゃんと並んでよね」  え?え?復讐?  ああ、そうだ。あまりにもはっきり見えるから勘違いしていたけど、この女たちは私と同じ幽霊なのだ。それが復讐の行列?  ふいに先頭の男が足を止めたかと思うと振り返り、ギャハハハと笑い声をあげた。 「なんだよ。最近見かけないと思ったら、結局お前も並んだのか!」  私を指差し、ひとしきり笑うと、鼻歌交じりに再び歩き出した。  そこで私が生前あいつから聞いた最後の言葉を思い出した。 〈お前も並ぶか?〉  それはこの列に並ぶかという意味だったのだ。つまり、あいつには霊が見えるということだ。それでも平然としていられるあいつは、どれだけ神経が図太いのか。  そう考えるうち、背中にぞわぞわしたものを感じた。  これほどの霊が列を成している。私はたまたま交通事故で死んだけど、ここにいる女たちは果たしてどうなのだろう? 〈殺すぞ〉  あいつの言葉が現実味を帯びて甦った。  
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