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人間、生きていれば忘れたい事もあるでしょう。
時には、時間と共に忘れてしまうこともあるでしょう。
しかし、それが本当に忘れても良かった事だったのか、はたまたそうで無い事だったのか。それさえも人はいつの間にか忘れてしまっているのかもしれません。
果たして、それは記憶の彼方へと自然に消え去って行ってしまったものなのか。それとも、知らず知らずの内に自ずと心のどこかに封じ込めてしまったものなのか。
その曖昧さの狭間にある恐怖の様なものに気付く術は、恐らく、この世には無いように思うのです。
いいえ、きっとそんな確かめるような事を人は元よりしないのかもしれません。ましてや、考えつもつかない事なのかもしれません。
でも、それはまるで、目には見えない何から逃げる様です。自分を覆い隠すかの様です。
きっと、その曖昧さが時として忽然と露わになる事を、人は常に怖れているのかもしれません。
だから人は、色々な事を忘れてしまうのでしょう。
彼の場合も、きっとそうなのだと思います。
「この世に恋をしない奴があるか。恋こそが我が人生で生きる指標となるのだ。恋無きにして我が身があるものか!俺は、恋に生きる!笑いたくば、笑え!」
そう言った彼を、その場に居た全員は鼻で笑うのでした。
一人は、恋だのなんだのに身を捧げる様な奴は愚の骨頂だと。
一人は、そんな恥ずかしいことを皆まで言うなと。
しかし、彼はこの時までは知っていたのかもしれません。
恋とは、いったい何か。
生きるや死ぬといった、所謂、そんな出口も無い迷路のような精神論よりも、恋という感情そのものが彼にとってみれば遥かに身近なものだったのです。
現に、彼は恋なしではいられない質でしたし、逆を言えば、この時まで彼は恋を忘れるという事を知りませんでした。
人として、長い年月の内に忘れてしまったもの。それが、彼の場合は恋そのものだったのです。
では、どうして彼は恋を忘れてしまったのでしょう。
その経緯については彼自身、誰にも語ろうとはしないので、それを知る者はこの世に一人としていません。
ただ、彼はこう言います。
「どうして、今まで俺は恋を恋だと思えたのだろうか。それが、今となっては判然としない。俺は恋をするという気持ちをどこかへと置いて来てしまったのだろうか。
もし、今まで自分が恋だと思っていたものが、実際は全く別の感情であったと言うのなら、いったい俺は何を信じて生きて行けばいいのだ。恋こそが生きる指標ではなかったのか。
恋とは何か。俺は元より、それを知らなかったのかもしれない。だからこそ、今になってそれを知ってしまうのが、俺は……」
人間、生きていれば忘れたい事もあるでしょう。
時には、時間と共に忘れてしまうこともあるでしょう。
しかし、それが本当に忘れても良かった事だったのか、はたまたそうで無い事だったのか。それさえも、人はいつの間にか忘れてしまっているのかもしれません。
果たして、それは記憶の彼方へと自然に消え去って行ってしまったものなのか。それとも、知らず知らずの内に自ずと心のどこかに封じ込めてしまったものなのか。
その曖昧さの狭間にある恐怖の様なものに気付く術は、やはり、この世のどこにも無いのかもしれません。
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