背乗り

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李は、今から一年ほど前上司に呼ばれ、極秘の特命を受けた。 「日本人になって、ライバル会社へ入社せよ」 ソフトの開発部門で生きてきた李は突然の特命に驚いたが、こういう裏の仕事に就くよう言われる社員がいるという事は社内のうわさで聞いた事があった。 その役が自分に回って来たという事か。 しかし、ソフトしか知らない自分にそんな「スパイの仕事」が出来るのだろうか。 特命だとしても、そんな大役は自分には無理だと思ったが、断る事は出来なかった。 断ればこの会社にはいられない。 それだけではない、この話を聞いてしまった以上、命の保証もないのだ。 受けるしかなかった。 だが、そんな心配を知っているかのように、翌日から李への訓練プログラムが開始された。 会社としても、今の李のままでこの仕事が務まるなどとは考えていなかった。 先ず日本語の猛特訓から始まり、日本人としての所作振る舞い、社会常識、日本社会の仕組み等、一年かけて徹底的に叩きこまれた。 そして一か月ほど前、ブローカーの手引きによって、日本へ密入国したのだった。 出入国に関して日本は驚くほど緩かった。 本国で学習したマニュアルに従ってアパートを借り、生活の基盤を構築した。 仕事は、会社が手配した、隠れ中華資本である日本のソフト会社に十年の経歴を作ってもらい、その会社を先月辞めたという体をとった。 転職サイトに登録し、転職サイトのエージェントと面会をした。 そこで、現在のソフトに関するスキルについて話し、目的の会社を含めて希望の会社を複数伝えておいた。 李はソフト開発に関して高いスキルと持っており、それが希望の会社に伝わるよう、自作した計算プログラムの一部をエージェントに渡していた。 それは勿論、素人には分からないが、見る人が見れば一瞬でそのソフトの凄さが分かるものだった。 そしてはそれはITの世界で絶対に必要な通信速度遅延回避に関するのもので、李が入社を命令された会社が正に開発進めている分野であった。 必ず食いついて来ると、李は考えていた。 後は、連絡を待つだけである。
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