言葉をこえる

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言葉をこえる

 たとえ小さな公園でも人の集まるところの人間関係は厄介だ。まず派閥ができがちなこと。確かにニュースでは公園デビューでママ友を作るとか何とか話題になっている。けれどそれは子どもに限ったことではない。犬だって同じだ。  毎日同じ時刻に公園に集まる。むしろ子どもよりもシビアだ。そう癖付けられた犬は時間に正確だからだ。雨が降っても風が吹いてもなんなら台風の日でも。犬にとってそれらはあまり関係ないらしい。そうやって集まる人々は関係が強固になっても仕方あるまい。だが私はどこかに所属するのが苦手だ。派閥争いなんて仕事場だけでじゅうぶんだ。犬の散歩くらい自由にさせて欲しかった。たとえ八方美人と呼ばれても構わない。私は各グループに愛想よく挨拶した。中にはその行為を快く思わない人に無視されたりもしたが、馴れ合いで付き合うよりずっと心地よかった。中には私のように一匹狼を気取る者もいたが、それもあまり長続きしないうちにどこかのグループに取り込まれていった。  面倒だから公園に行くのをやめるわ。そうぼやいて来なくなった人もいた。けれどうちの犬のように他の犬と会わないと納得しないので、その選択肢はそもそもなかった。  その日も適当に愛想よく挨拶をして公園の中をまわっていた。うちの犬もそれに慣れたようで私と同じように挨拶をすると満足気に先に進んだ。ちょうど反対側から大きめの白い犬がやって来た。お婆さんが連れている真っ白な犬で秋田犬の血筋の入った犬のようだった。詳しいことは分からない。何故ならそのお婆さんは中国人で全く日本語は話せず、言ってることもほとんど理解できないからだ。 「こんにちは」うちの犬達はその犬が大好きだ。それで挨拶させてもらってる。犬はそもそも日本語だろうが中国語だろうが気にしないだろうし。  お婆さんはいつものように何か困ったような笑顔を浮かべた。日本に来たらこうやって愛想笑いするんですよとでも言われてるような歪な表情だった。私はそれに気がつかないふりをしている。犬同士が仲良くしているうちにお婆さんの表情が緩んでくるのが分かった。それもいつものことだ。  お婆さんは商店街の中華料理屋の家族だ。詳しく聞いたことはないがその店はおそらくお婆さんの息子夫婦が切り盛りしている。そこはみんな日本語が堪能なので私はてっきりお婆さんも日本語ができると思っていた。だから最初の頃はたくさん日本語で話しかけてしまった。お婆さんは何か言いながら何度も首を横に振っていたので、それで私はやっと気がついたのだった。それからはあまり言葉を使わないように気をつけている。戯れて遊ぶ犬達に目を向け、にこりと微笑めば楽しいのが伝わる。お婆さんに何回か繰り返しているうちに理解してくれるようになった。だから私たちは基本的に言葉では会話しない。ひとしきり犬達の遊びが終わると私達は目と目を合わせて会釈した。またね、という合図だった。そして私は公園の外へお婆さんは公園の奥へと向かっていった。
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